肝っ玉オカン道

いいオカンじゃなくて、幸せなオカンでありたいのだ。

脱!若僧

週末、原口みくさん、色さんの「心よ!」メソッドの講座に行ってきまして。

めーっちゃ面白かったのです。

 

みくさん→ゆるんでいく日々

色さん→しきたんの自由なブログ

 

私はやっぱり、心理学が好きだわ。

たぶん、理屈が結構好きなのよね。

そして、自分の中に答えがあると言う事を体感できるところがたまらない。

「後ろにいる〇〇さんが」とか「大天使ミカエル様が」とかじゃなくてね。私が私の答えを持ってるっていうのが私の安心です。

心よ!について詳しくはまたにするとして。

 

私ね、 若僧COMPLEXなんですよ。

なんじゃそら?やけどね。

 

私、3人兄弟の末っ子。

上2人とは年が離れてて。

やから、家族の中ではいつも子供扱い。

 

しかし悲しき哉、

「子供らしく」「自由にのびのび」とは過ごせなかったわけで。

母との関係性の中では、母を煩わせないいい子である必要があった。

だけど、役割として「子供らしく居る」必要もあった。

 

というダブルバインド(合ってる?)がありましてね。

これは無意識のやりとりだし、きっとどこの家庭でも多かれ少なかれある話なんですよね。

 

ま、そんなもんやから、私は大人の中で常にどう振る舞うべきかを考えてました。

そして編み出した、「知らんたかぶり〜」(もっと適切な日本語があるのかも知れないけど。)

 

いわゆる、知ったかぶりの逆です。分かってないフリするの。

分かってても、子供らしくそれって何〜?って聞いたり。

そして子供が入ったらあかん感じの時は、スッと気配を消して聞いてないフリするの。でも、めっちゃ聞いてるの。

 

私は、「子供らしく振る舞う」というツールを使って、大人達の輪に堂々と入り、聞いてないフリをしながら大人の話ばっかり聞いて育ちました。

 

自分らしく居るというコトには遠いよね〜。そら生きにくいわなぁ。

 

  

で。若僧COMPLEXやねんけど。

 

私、なんだかやたらと「若いね〜」って言われる機会が多くて。

考えたらね、社会人になってから、つまり年齢でセグメントされない環境では、自分が一番若いというコミュニティに身を置くことが異様に多い訳です。

 

最初にお世話になった会社は、断トツ若手でした。私生活で飲みに行ってた友達は、みんなお姉様やったし、一時入ってたスポーツのチームでも最若手。ママ友さんも、何故か年上の方ばかり。

 

 

んで、「若いね〜」って言われるわけです。

それが何かやたらと引っかかる。

 

若いね〜が、「無知で甘えたで思慮と配慮が足りない」と言われているように聞こえる。その上「だからあなたは私達とは違う、輪に入れてあげない」と言われているように聞こえるのです。

 

そやからね、若いね〜って言われたら、メラメラと黒い反発心が湧いてくるんです。

 

いやいやいや、その辺の若いねーちゃんと一緒にすなよ!ってか、ただ歳だけとって何の苦労もしてへんあなたよりよっぽど考えながら生きとるわぃ!私が脅威か?そらそうよの、歳くらいしかあなたが私より上なことないもんな〜。このクソつまらん年寄りが!とドス黒すぎる悪口がわいてくる。

これは極端な場合です、あしからず。

 

 

対して自分が好きな方々の中では、「若いのにしっかりしてる」の立ち位置を獲得する為に頑張ってしまう。

思慮、配慮が足りないと思われないようにと、必死で頑張ってしまう。輪に入れてもらうために。

 

 

いずれにしても、

「若僧であること」に縛られてしまうのです。 

 

その上で、自分が最若手になるようなコミュニティをあえてあえて選んでいるという事実。

つまり、私は幼き頃の家族の関係性をいろんな所で再現してるのよね。

そして、若いね〜という言葉を相手から引き出して、傷ついてる。

 

 

こないだも似たような経験があって。

 

「若いね〜」と、「末っ子っぽいね〜」と言われました。この2つは私の中ではほぼ同義です。

そのとき、ゔっ!と傷ついたわけです。

さっきも書いたけど、

「無知で甘えたで思慮と配慮が足りない」「だからあなたは私達とは違う、輪に入れてあげない」と言われているように聞こえました。

 

 

だけど、「聞こえた」なんですよね。だから勇気出して聞いてみたんですよね。

 

それってどういう意味?って。

 

ほなね、親しみやすいっていう意味。

という様な回答でした。

 

 ・・・

 

なーんや。

無知で甘えたで思慮と配慮が足りなくて、だからあなたは私達とは違う、輪に入れてあげない。

 

なんて言われてへんやん。

親しみやすいなんて、良かったやん!

カワイイってことやん!(いや、それは言われてないか♡)

 

 

というわけで、

私、勝手に思い込んでたこと、ひとつ手放しました。

 

私なんやかんや言いながら、やっぱり若僧の立ち位置好きやったのよ。慣れ親しんだ場所で居心地ええの。

 

とはいえ、手放しちゃったから、これからはそれも変わって行くのかもしれないけどね〜。

 

 

肝っ玉オカン道は続く。

そっかの魔法

この夏、ピノ子に肌荒れが出ました。

アトピー性皮膚炎っぽい感じ。

 

それで、私の心は揺れに揺れました。

24時間ピノ子の肌のことが心を離れることはありませんでした。

「何をすれば治るのだろう?」

「どうしてこんなことになってしまったのだろう?」

 

お医者にも連れていったし、

そもそもお薬をあまり使いたくなかったので、お薬を使わないあらゆる方法を模索しました。

 

そして。

食べるもの、部屋の掃除、着るものに異様に気を遣い、

規則正しい生活を死守し、

私の生き方考え方が何か間違っているというサインなのか?と、自分を厳しく責め、

コボちゃんが産まれてからピノ子との時間が足りなかったのかもしれないと、ピノ子と力任せに向き合い、

夫には 家庭より仕事に意識が向きすぎているからではないか?となじりました。

 

めちゃくちゃ肩肘に力込めまくって、

ピノ子の症状を改善しようと心がけました。

 

 

だけど心の中では、

「何で?何で?何で私だけ?!」って思いがずーっと離れませんでした。

よその子のキレイな肌を見てはため息をつき、

肌荒れが出る前の写真を見てはため息をつき、

ブログなどで子供の肌トラブルに悩む同じような方を見ては、ピノ子の方がマシかもしれないと正体不明の優越感を抱き、

肌トラブルを解消するための方法を説く専門家の記事を読んでは、不安定な希望を見出していました。

悲劇のヒロインだった私。

 

 

挙句ピノ子を威圧的にコントロールしようとして、母娘関係は着々と悪くなっていました。

だって、ピノ子のお肌の為だもの。そう唱えながら。

 

 

でも、このやり方は違うんじゃないかって、、、

心の芯では違和感を持っていました。

 

 

 

そんなある日、

私のやり方に強制的にストップがかかりました。

 

乳腺炎でした。

ピノ子の時も、こぼちゃんの時も非常に順調なお乳さま。

 

半年くらいを除いて、この四年以上ほぼ毎日お乳さまにお世話になり、

日本とタイぐらい、友好的な関係だったのですよ。

 

そんな中、突然お乳さまは、身を呈して私のやり方にストップをかけて下さいました。

 

 噂では聞いていたけれど、

強烈なしこり、熱感、そして39度を超える高熱にフラフラになりながら、

 

「あぁ、やっぱり違ったんだ。」

ということだけはよく分かりました。

 高熱とひどい頭痛は苦しかったけど、

これでやっと終われる、と実はホッとしていました。

 

 

1週間ちょっとかな、

助産師さんや鍼灸師さんや整体師さんそしてカウンセラーさんなどなど、

いろんな方のお世話になり、お乳さまと私の身体と頭の興奮は落ち着きました。

 

 

んでね、私。

ピノ子の皮膚炎しか見てなかったなぁって思いました。

あれやこれやと躍起になって取り組んでいた事は、肌の荒れてるピノ子を否定する気持ち。

 

こんなんピノ子やない!早く早く戻さなければ。治さなければ。

って、皮膚炎のピノ子を受け入れられなかった。

状況を変えたい変えたいって思ってました。そのために奔走してました。

 

 

やけどね。

そもそも そんなにいけない事なのかな。

きっと意味があるんだろう、だけど今は分からない。それでも良くない?

いや、意味がなくてもええやん。 

 

 

荒れてるな。

それを、ただ「そっか」と受け入れてみる。

 

 

 

 

 そう思った日から、

皮膚炎に対して何かをするということをやめました。

 

クリームを塗ったり、粉をはたいたり、レメディを取らせたり、お風呂に入れるか悩んだり、お灸をしたり、ピノ子が気に入らない服を着せたり、眉間にしわ寄せながら拭き掃除したり、お菓子を取り上げたり。

そんなエトセトラが、今の状況を否定する気持ちでやっていたから。

だから、止めてみた。

 

 

ほなね。

別に変わらへん。なんも。

肌は荒れとる。

 

 

やのに、私の中でピノ子の肌の事を考える時間がぐーーんっと減りました。

いわゆる問題が小さくなっちゃったというやつ。

私の中で「皮膚炎のピノ子」が、「ピノ子」に戻った。

 

 

「そっか」

ただそれだけ。

 

 

そして緩んだ私には、いろんな気付きというプレゼントが届きました。 

 

でね、問題意識ってのを少し勘違いしてたかも知れないなと思いました。

 

事が起こったらそれに向き合って、対処する方法を幾つも用意して、状況を改善していく。

 

人に頼ってばっかりの、何もしない愚かなお母さんで居てはいけない!賢いお母さんにならなくちゃ!

 

が、問題を大きくしてた。

 

 

「そっか」

ただそれだけで良かったのね。

「受け容れる」ってこと、

ずーっとずーっと分かった気になってたけど、こういう事やったのかもな。

文章にしたらこんなもん。やけど、私の中では大きな発見でした。

 

 

いま、肌は快方傾向です。

ピノ子は時たま痒そうにしてる。

私も患部を見ると心がチクっとする。

 

でも、

あんなに何かに追われて対処してた時より、 ピノ子の治るチカラを信じられてるのよね。

ま、大丈夫か って。

すごーくラクちん。

 

このピノ子の皮膚炎は私に、
自分を取り戻させてくれたのかも知れないな。 

 

 

 

そっか。

そっか。

そっか。

 

 

肝っ玉オカン道は続く。

大事にされていない、と感じる

ピノ子と大ゲンカしまして。

 

カーテンにぶら下がる遊びを始めたから、注意したんよね。

 

それ、ぶら下がったら破れるかも知れない。レールが取れるかも知れないよ。

そしたら、ピノ子ちゃんが下に落ちて痛かったり、

レールを修理をしないといけなくなるから、やめて欲しい。

 

ピノ子は、うん分かったって。

その後も2回くらい同じやりとりがあってね。

 

コボちゃんの乳やりに隣の部屋に行った途端、

ガシャガシャって音。

 

はい、やりましたわな〜。

 

 

そしたらピノ子が平気な感じで、

ママ、これ壊れちゃったから直しといてねー!と。

 

 

そこで私ブチっと来まして、

怒りました。怒りました。

 

だんだん何に怒ってるのか分からんくなる位に怒って。

 

もう、あっちの部屋行って寝てて!

今は近くに居りたくない!

 

と、目に涙を溜めたピノ子を隣の部屋に追いやってドア閉めました。

 

 

でも私は何でこんなに腹立ったのや?

このくらい、子供あるあるやん?

 

と、自分を落ち着かせながら自問自答しました。

 

 

私が無性に怒ってるのは、

あれだけやめてねって言うたのに、

なんで聞いてくれへんの?

私の言葉をどうして大事にしてくれないの?

 

これでした。

 

言うことを聞いてくれないと、

大事にされていないように感じるのね、私。


幼き頃に両親や兄弟との関係の中で作ったパターン。なんでしょう。

「私の言葉には力がない」
「私の言うことなんて誰も聞いてくれない」
「私の主張をくみ取ってくれる人なんて居るわけがない」

 

そして、

私が私の事を、私の言葉を大事にしなくなった。
だって、私は「大事にされない人」なんだもの。

 

kimottamamama.hatenablog.com

 

 こんな事を書いた後やけども。

 またピノ子が見せてくれましたわ。

 

 

ごめんね、私。

もっともっと大事にしてあげる。

価値のあるものとして扱うよ。

 

 ま そんな訳で、ピノ子とは仲直りしました。

 

 

でさ、

怒ってる時にピノ子が、

「ママなんて大嫌いなんだよー!」って言うたのよね。

 

 

それ見て、あー良かったと思った。

 

 

私がピノ子の立場やった頃、オカンが怖くて怖くて、

強烈に萎縮して何も言えんかった。

 

「寝ときなさい!」

って言われたら、大人しく目をつぶって、寝ようとしてたわ。

(んで、姉が狸寝入りをチェックしにくるという恐怖 余談)

 

 

大丈夫、ピノ子は憎まれ口叩ける位に私を信頼してるんやな。

 

 

そんな風に思ったので、

ま、オッケーとしましょ。

 

 

肝っ玉オカン道は続く。

ナンセンスなバイキングはもうやめだ!(修行中)

バイキング。

あ、いや。おしゃれに言うと、ビュッフェかしら♡


この夏 旅先のホテルが、朝食バイキングでね。

 

好きなものだけ取るピノ子(娘)に、

「ごはんとお味噌汁は食べてやー」
「お肉と玉子ばっかり食べて〜」
「ジュースは1杯だけって言うたやん」
「ごはん食べなデザート取りに行ったらあかんでー」

 

とかなんとか。
それはもう恐ろしく口うるさい私に、だんだん私が辟易してきてね。

 

あれ?そもそもバイキングってさ・・・

 

「いろんなものを万遍なく食べてください」っていうサービスやなくて、

 「お好きなものをお好きなだけお取りください」

っていうサービスやんな?!

と気が付いたわけです。


ってことは、ピノ子のお皿にやーやー口出す私ってめっちゃナンセンス。
バイキングの神様が居たらつまみ出されるで っちゅう位の場汚しなんやないの?

 

そこで自分のトレーに目をやるとね。

和洋折衷色とりどりのおかずがびっしり並び、
それにジュースにコーヒーにパンにごはん。

まさに、「いろんなものを満遍なく食べてください」を体現した景色。

 

の割に、私の身体は前夜の飽食によって重め。
なんやったら朝抜いてもいいくらいの調子です。

改めて、これホンマに食べたい?とおかずを見渡すと、
そのほとんどが要らんなぁって感じでした。

 

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翌日は、前日の発見(反省か?)を踏まえて、
本当に食べたいものを食べたいだけトレーに乗せました。

 

「せっかくの機会やねんから」とか、
「もったいない」っていう慣れ親しんだ心の声を丁寧にかき分けながら選んでいく。

ほなさ、ほっとんど要らんのよねー。


「もったいない」って言葉に急き立てられることがないと、気持ちもゆったり。
おかげで 波の音を聴きながら のんびりとしたモーニングを過ごせました。

 

と、まぁこれは私の話で。


相変わらずピノ子のお皿にはちょこちょこ口出てたけどねー。

「今日はピノ子ちゃんの好きなものだけ、好きな量だけ乗せてな~」とか言いながら、
取る量をちょっとコントロールしたりね。

最後にピノ子が残したのは、見事に 私が強引に勧めたおかずばっかりでしたわ。

それに「もー食べるって言うたから取ったのにー」とか言ってる私。

っんまぁ恩着せがましいこと。

 

「食べたいものだけ食べてて良いわけがない」って、どうしても思ってる。

そして、母親は子供が食べるものを「管理する」のが仕事だとも思ってるのよな。

ピノ子の「食べたい」を尊重するのはいけない事だと思ってる。

 

どうしたもんかなぁ。
でも、「ま、いいか~」

修行の道は長いぜ!

 

肝っ玉オカン道は続く。 

そして、それは成長した証なのだから

 

前に書いた記事↓

 

 

kimottamamama.hatenablog.com

 

 

 

これ私にとっては、なーんも目新しいテーマちゃいます。

 

 

他人に力を持たせて、自分を小さく小さくさせるクセ。

ズバリ自己価値の低さね。

 

20代の頃に出会った心理学の師匠に色々と学ぶ中で、

毎度出てくるテーマですわ。

 

私が私を生きにくくさせてた大きな大きなクセのひとつ。

 

 

なんやけども、

今回新鮮な発見として腑に落ちたこと。

それに本当に歓喜つくしました。

 

 

人間の成長ってね、

直線階段やなくて、螺旋階段なんやって。

 

ってことは、

あーまた同じテーマやん。って思う時は、

それは以前同じテーマでぶつかった時より成長してる証。

 

 

景色は変わらへんようやけど、

見てる角度は変わってる。

 

 

だから私、また同じテーマやん、って思えて嬉しかった。

オトナの階段登ってます。

 

 

肝っ玉オカン道は続く。

私は私をないがしろにしてた。ごめん、私!

私、人に「合わせなあかん」って思い込んでました。

 

そして合わせるために、

いとも簡単に、自分の考えを価値無きものにしてました。

 

 

人と居ることに苦痛を感じる時があって。

私が本当に分かり合える人はこの世界中にどこにも居らんのやわ。

と、悲劇のヒロインに浸ってたけど、

苦しかったのはそれや無かった!

 

 

合わせないと、嫌われる。

合わせないと、仲間はずれにされる。

合わせないと、生きていけない。

これ全部、自分で勝手に決めたルールやった。

「合わせなければいけない」っていう、頭の中でこだまする呪いの声にずーっと支配されてきたんやなぁ。

 

 

そして、 

1日に6万回考えて、9千回選択してる毎日の結果という、

なんとも壮大で、大事な大事な 私の考えや 気持ちや 生き方を、

いとも簡単に無きものにしてきていたことが、

悲しくてたまらんかったのやと思う。

 

 

 

それに気がついたとき、心から歓喜した。 

そして決めたよ。

 

 

私は私の考えや気持ちを、大事に大事に、大切に大切にしよって。 

そこには最高の価値があるのだから。

「私にとって」。

 

 

この「私にとって価値がある」という気づきが、ホンマに嬉しかった。

 

たとえ人と違っても、

私は私の味方でいてるからね、私さん♡

 

 

そしてね、私を表現するってこともしていこうかな。

これ、私には相当勇気が要るよね〜。

今まで、ずーっと身を潜めてたからな〜。

自分の考えを出したら、生きてけないとまで思ってたからなぁ〜。

ふふふ。

 

 

 んで。

とりあえず、 このブログを始めることにしました。

 

 

私ね、文章書くの好きやし、自分の文章読むのもすごく好きやの。

 

 

 そして、実は私のブログのファンの方が一定数いらっしゃるという事実。

更新やめたら、どうしたん?また、始めてよーとラブコールを方々からいただきました♡

今まではラブコールもスルーしてきたけど、改めて、しっかり受け取ろと思いました。

 そう、去年までブログやってたんですよね。

でもそれは仮初めのブログというか。

リアルとは切り離して、2次元だから心の内を言えるって感じで使ってたかもな。

おっと、余談。 

 

 

ま、生まれてこのかた染み付いたクセ。

ついつい自分の考えをないがしろにしてしまうシーンがある。

 

そんな時にチクっと胸のざわつきに気がつけるようになってきた。

 

気がついたら、そこからやり直し。

 

私の考えには価値があるよ。

いいんだよ、それで。

 と、自分にオッケーを出す。

 

 

そしてまた勇気を出して新たに始める。

その繰り返し。

 

 

肝っ玉オカン道は続く。

 

 

だって好きなんだもん

いつでも好きな服を着ていたい、ピノ子。

 

今朝も体操服を着ずに、ワンピースとレギンスにお着替えしてるから、

 

ワンピースやったらトイレ行きにくいし、体操しにくいんちゃう?

と、体操服を着るように説得してみたけど。

 

「トイレ行くときはこんな感じで上に上げるし、体操するときはワンピースをお腹の中に入れるね〜♡」


と、解決策まで提案されて。

 

なんでその服で行きたいの?と聞くと、

「だって、可愛いんだもん。」

「だって、好きなんだもん。」

 

と。

もうさ、これに勝る理由無いやん!

 

って思ってても。


いつも自分が好きなものを分かってて、

好きなものを選べるピノ子を見てると、

私の胸がざわざわする。

 


決められたルールは反しちゃいけないとか、
好きなことだけしてていいわけがないとか、
好きなものだけ食べてていいわけがないとか。

 

無意識に自分を縛ってる見えないルールを、4歳のピノ子が私にガンガン突きつけてくるわけで。

 


今日は、幼稚園で決まってるルール(園では体操服を着る)を反すると、

怒られる「気がする」と思ってる私。

 

そう、大概のことは、「気がしてる」だけなんよね〜。
だってそれは、子供の時に決めたルールだから。

 

体操服着ないくらいで、大人の私を誰が怒るのや?と考えたら笑ける。

 


んなわけで、今日も体操服着ずに元気に幼稚園行きました〜!

 

肝っ玉オカン道は続く。