私って何をそんなに我慢してるのか
こんにちは。
先日、満月やったらしくて、曇り気味でしたが雲の隙間からピカピカの満月が見えて、美しさに魅了されました。
月を見る永遠にも感じるあの時間がだいぶ好きです。
独身時代は頻繁にしてた、夜の散歩もそろそろ復活したいなぁ
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こないだシリーズで書くと宣言したやつ「我慢が暴発してる」の続きです、
お待たせしました!(え?待ってないって??)
このごろ、ピノ子にやたらとガミガミしていた私。
こないだ暴発したきっかけは、お昼何食べるー?でした。
うどん食べたい私と、ラーメン食べたいピノ子。(というより、最近のピノ子はママが食べたい物には首を縦に振らないという天邪鬼が見え隠れしてます)
何やらかんやらごちゃごちゃ話した結果、
「じゃあ、ピノ子が我慢すればいいんだね?いつもママのしたい事ばっかりして、ピノ子はいーーっつも我慢ばっかり。ピノ子ばーーーっかり我慢してる〜」
と叫ぶピノ子に、ブチーーーン!となりまして。
いつもママが好きな事ばかりしてるやとぉー??こちとらいつもいつもどんだけ我慢してくさってると思っとるねん!!うぉー!がぉー!
と。ま、そんな感じになりまして。
しばらく冷静になったあと。
年端もいかない大事な娘に怒鳴り散らす程、一体私は何を我慢してくさってるのだろうか。。。と思いました。
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私の中では、漫然とした閉塞感は確かにある。
子供と過ごす毎日は、それなりに充実はしてるよ。いつでもってわけではないけど、それはそんなもんやろ?
夫は、よく稼ぎよく家事や子育てをし、そして私を大事にしてくれる。
ねぇ、私は、私に一体何を我慢させてるの?
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ある日、街に1人で出る機会があって。
ウィンドーショッピングやらなんやらしながら、ふと目に入った黒のワイドパンツ。試着したらサイズもいいし形もステキ。
鏡に映る自分を見ながら、
「でも自転車乗れへんよなぁ」とか。
「どうせ公園行ったら砂で汚れるよなぁ」とか。
「でもこんなワイドやったら何かの時に走られへんよなぁ」とか。
「どうせ幼稚園の送り迎えしかない毎日やからなぁ」とか。
とか。とか。とか。
エンドレスに、この気に入ったパンツの「でも」と「どうせ」が頭を流れて来てるんですよね。
そっか。
この「でも」「どうせ」の頭の声に支配されて、好きな(着たい)服すら私に着せてあげられてないのかぁ。
そしたらね、私の日常は「どうせ」「でも」で溢れていましたわ。
どうせ幼稚園行くだけやから、軽めに化粧しよ。
どうせ公園行って汚れるだけやから、汚れても良くて走れるジーンズとボーダーのTシャツ着とこう。(実際自分のクローゼットにボーダーとジーンズだらけでゲンナリするで、しかし)
どうせ誰に会うでもなし、オシャレにしてもしゃあないか。
ちょっとええとこでゆっくりご飯食べたいけも、でも子供達連れては行かれへんし。
外食したいけど、でもお金かかるしやめとこ。
「どうせ私なんて」という悪魔の言葉が私を制限してる日常で。
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結局、頭の中の「でも」「どうせ」をかき分けて、黒のパンツを買って帰る道すがら。
あ、そいや鍼灸行くときこれ履こう。
次の伊泉先生の講座の時これ履こう。
というか、用事ないけど週末これ履いて街に出よう。
と思えたら、じわじわ泣くほど嬉しくなって来ました。
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私の日常が私を制限してるんじゃないよ。
私が私を「どうせ」な奴にしてしまってるんやなぁ。
でも、私は私の「どうせ」に耳を傾けて、その上で私が喜ぶことを選んで生きたい。
ちょっとずつ、ちょっとずつで大丈夫やから、私。
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「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くで見ると喜劇」
これチャップリンの名言。最近めちゃくちゃ沁みますわ。
私の我慢が暴発劇場は、この言葉に集約されてるなぁ〜。
すごくたくさんのいろんな要素に縛られて動けない、閉塞してる気になってるけど、離れて見たら「どこが?」って事なんやろ、多分。
笑っちまえるようになりたいなぁ〜。
へへへ。
そして人生にはユーモアが必要なんだと強く想う。
まだまだ我慢のタネが続々。シリーズは続く。
そして、肝っ玉オカン道は続く。