肝っ玉オカン道

私が私の肝っ玉オカンになろう!と決心し、肝っ玉オカン道場に入門した、ミセス繊細。白帯。心のキャッチフレーズは、「いいオカンじゃなくて、幸せなオカンでありたいのだ。」

ジャッジしてたのは私だったのか

こんにちは。

 

kimottamamama.hatenablog.com

 

これの続き。

「世界はいつも私をジャッジしてくる」っていう前提ね。なんでそんな思い込みを身につけたのかは、生育過程でまぁ色々あるんでしょうね。

 

でも結局、「世界はこうだ」と思うわけは、私が世界をどう見ているか?なんよね。てことは、私が世界をジャッジしている?と、ふと思ったんです。

でもその時は「そんなわけない」と思ったんですよ。私は人を見た目で判断しないし、人の見えないところに興味を持てる、人の奥深さを味わえる人間だと。

 

でもそれ。ドえらい勘違いでした!!!ごめんなさい、今まで人をジャッジする奴と、私が心の中で軽蔑した方々。

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それがね。

こないだ幼稚園の保護者総会みたいなものがあり、山盛りのお母様方が一堂に会したんですよ。

前にずらっと並ぶ役員のお母様方を左から順に眺めながら、心の声が聞こえてきたんですよ。

 

あの人声小さい。何歳やろ?ダサいな。感じ悪い。あ、あの人おしゃれ。声小さい。髪なんとかしたらええのに。ダサい。感じいい。かわいい。あの人なら喋ってみたい。地味やな。影薄いな。何歳?

 

的なね。人を見た目でジャッジしまくってる、私の心の声が、大音響で響いてきたんですよ。

その声に産まれて初めて気がついて、椅子から転げ落ちるかと思いました。。。(三枝師匠にも負けないぞ!)

 

もぅね、ビビビビりまくりました。私って、私って!!こんなに他人のことジャッジしてるのー????

もう、あの衝撃を文章にしきれない自分の拙さが悔しいですが、

「世界をジャッジしてたのは、私だったーーーーーーー!」と、世界の中心で叫びたい衝動に駆られました。

 

そしたら、めっちゃ力抜けましたよ。

なーんや、そうやったのか!それなら、私がジャッジするのをやめたらいいだけやん!

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とはいえ、ジャッジしまくる私の声はすぐには消えませんyo。

でも、気がついたあの日から、事あるごとにその声が聞こえてくるようになりました。今までBGMだった音楽が、しっかりとした音量で流れ出した感じです。

今は、それだけでも充分。

 

で、余裕があれば、気がついた時に「ということにしてみる作戦」を。

「世界は私をジャッジしてくる」→「私の周りの人はステキな人」ということにしてみる。そしたら、そういう経験が出てくるわけですよ。

 

こないだは集まりがあって、くじ引きで席を決めたんです。私、今までそういう時って「ハズレ」引いた感覚がそこはかとなくいつもあって。(どんだけ周りの人に失礼なんだ!)その時も最初はその感覚があったんです。でも、「私の周りはステキな人」ということにしてみました。

そしたら、めっちゃ楽しい時間でした!話に花が咲きましたyo!

 

ま、こんなことを地味に続けていこうと最近は思っております。こちらからは以上です。

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こないだスーパーでパクチー見つけまして。パクチーが売ってるだけで、「めっちゃええスーパーやん!」って思える不思議。山盛りのパクチーを、キウイと一緒にサラダにするのが至福です。

 

肝っ玉オカン道は続く。