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肝っ玉オカン道

いいオカンじゃなくて、幸せなオカンでありたいのだ。

大したこと無いコトにしない

父が亡くなって、まだ49日にもならない。

年末から、長い、ひたすら長い日々です。こんなに日が経つのを、長く感じることは無いかも。

インフルエンザ後の風邪もなかなか良くならないな。病みあがり長い。

 

色々あることが日々なのだ - 肝っ玉オカン道

 

夫に吐き出した言葉、

「つか、私は親死んだんや!いつもと違うんやから、こんな時はとにかく労って欲しい。いつも通りを求めないで欲しい」

 

っていうのが、自分のブログ読んでジワジワ沁みてきて。

私めちゃくちゃ労って欲しいんやなぁと改めて思ったわけです。

時たま、あー誰でもいいから、道行く人でもいいから無償に聞いてほしい!という感覚になるんですよ。

 「そっか、それは大変やったよね。辛いよね」って、優しい言葉をかけて欲しくなるんよな。

 

それは、全くと言っていい程、自分に労わりの言葉をかけてないからやなぁと思ったわけです。

 

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父が亡くなった自分を切り離してる感覚がありました。

そして本体の私は、全然何でもない、いつも通りの私で居る。

 

父が亡くなったこと?

え?そんな大変なことなんか?大したことないやろ、大げさに騒ぐなよー

と、自分に言ってる。

 

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こないだ娘が久しぶりに夜泣きしました。「足が痛い、足が痛い」と言って。

夫は心配してたんやけど、

その時私は、「大したこと無いくせに、大げさに泣いて」と思った。

 

それでね、あぁ、と思いました。

 

私、痛いとか辛いとか悲しいとか寂しいとかを、大したこと無いコトやと、抑え込むんやなぁ。

 

それらは自分の中で処理すべきこと。

感じて表現して訴えることは、とても「大げさなこと」、「我慢すべきこと」なんや。

 

 

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でもね。

 

私は私に優しい言葉をかけて無いのに、

周りの人たちがすごく優しい言葉をかけてくれるんですよね。

 

先日のブログで書いた友人達は、いつでも話を聴くよと言って、見守ってくれてる。

熱を出した時には、おかずを作って届けてくれ、娘の幼稚園のお迎えをして、買い物無いかー?と連絡くれて。

 

先日のブログを読んだ友人達が、温かいコメントや自分の経験を語って聞かせてくれる。

 

そして、父の生前の友人達は、父を偲んで、母に連絡をくれる。

母の友人達は、気落ちしないように母に会いに来てくれてる。

 

みんな、父が亡くなったことを、とても大変なこととして受け止めて、

私や私の家族を労ってくれるんですよね。

 

人って優しいなぁって、沁みてる。

 

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私もね、

私も、優しくなれるかな。

なりたいな。

 

そして私は私に、もっと優しくしてあげていいんよな。

 

大したことないって抑え込んで切り離した気持ちに、大事に寄り添ってあげたいんや。

どうしたらそれが出来るのかよく分からんねんけど。

 

でもきっと。

 

周りの人たちが私に優しくしてくれるように、

「いつでも話聴くよ、なんでも言っていいよ」って私を見守っていたらいいのかな。

 悲しいとか、寂しいとか、辛いとか、腹立つとか、悔しいとか、

出てきた気持ちをそのままウンウンって聴いてあげたらいいのかな。

 

大したことあるとか、ないとか、

それはどうでもいいことなんや。

 

周りの人たちが私に向けてくれてる温かい眼差し。

それと同じように、私は私をただ待って、ただ聴いて、ただ支える。

 

それなら周りに見本があるから、私にも出来そうな気がしてきたよ。

 

 

大丈夫。

大したこと無いコトにしなくてもいいよ、話したい時はいつでも話していいよ、私。

 

 

肝っ玉オカン道は続く

 

色々あることが日々なのだ

お久しぶりにしておりますです。

 

毎年年末に必ず観る番組「クリスマスの約束」で、宇多田ヒカル小田和正が「たしかなこと」を歌ってました。

 

結婚式でほぼ必ずといっていい程かかる曲だし、なんかミーハーな気がして今まであんまりしっかり聴いたことなかったんですけど。

今回初めてしっかり聴いたら、何といういい歌、詞なのでしょうか。涙を堪えることができませんでしたよ。 

 

いちばん大切なことは 特別なことではなく

ありふれた日々の中で 君を

今の気持ちのまゝで 見つめていること

 

特にこの歌詞がグググっときましてね。

 

ありふれた日々ってさ、いろいろあるんだよね。

何もないこと、昨日の延長の今日で今日の延長が明日 じゃなくてさ。

楽しかったり悲しかったり、笑ったり泣いたり、いろいろあることが日常でさ、それでいいんやん。

 

肩ひじ張らずに、そんな、いつも以上に何もない日常に努めなくていいよ。

いろいろあって、それが日常だよ。

 

 

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年末に、父が亡くなりました。

病気がちな父だったけど、それでも突然のことでした。

 

バタバタと帰り、通夜、葬儀を済まし、父の荷物の片付けや、母が早急に必要となる手続きを手伝ったり。

 

父が亡くなったという実感はないまま、時々「あぁ、居ないんやった」と確認する時間。

悲しさや寂しさ、生前の父に抱いてた想いが、炭酸の泡のように浮かんでは消え、まとまりがつかない。無性に寂しく悲しくなって声をあげて泣いた夜もあったけど、その実「何が何やらよく分からん」と言うのが本当のところでした。

 

圧倒的に眠りが浅く、ずっと風邪気味やし、食欲もわかないけれど、常に子供達の姿が横にあって、

3度のご飯に、オムツ替え、乳を与え、「ママなんでー?」に応え、ひらがなの練習を一緒にして、

こんな時でも、私にはいつもの日常を守らないといけない、子供たちと言う存在が居るのだから!

と、「いつも通りしないと」「寝ないと」「食べないと」と必死で努めていました。

 

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自宅に帰って、ピノ子の幼稚園も始まりいよいよ日常が戻って来てしばらく経った頃。

 

夫との些細なやり取りの中で、無性にこみ上げてきて、

「つか、私は親死んだんや!いつもと違うんやから、こんな時はとにかく労って欲しい。いつも通りを求めないで欲しい」と、吐き出しました。

 

しかし、夫は全然いつも通りを求めてない。いつも通りにしなくてはいけないと思ってるのは私自身やんか!と、言いながら明確に気がついてしまったわけで。

 

いつも以上にいつも通りであるように、慎重に毎日を送っていました。

いつもよりマメにおかずを作り、いつもよりマメに掃除をし、いつもよりマメに子供を公園に連れて行き、いつもより、いつもより。

そして平行して、いつもよりできてない自分を責めてました。

夫に御門違いの罪悪感を感じて、甘える事も上手くできず、なんだか妙な閉塞感の中、上記の言葉に至ったわけです。

 

言葉を夫に吐き出しながら、

 

いつも通りじゃ無くてもいいんや。人生で初めてで一度きりの経験やん。父親が死んだんやもん。

少し落ち着いて喪に服す時を過ごそう。

 

と思いました。

 

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翌日、ピノ子を幼稚園に迎えに行った帰り、友人にその話をしました。

 

いつもの日常を送ろうと努めてたけど、頭の中では父の死が24時間離れなかったこと。

父のことだけでなく、母のこと、兄弟のこと、いろんなことが頭をぐるぐる巡ってること。

悲しさが追いついて来ないこと。

子供達と過ごす時間が精一杯なこと。

少しゆっくりしようと思うこと。

 

取り留めなく、ただ浮かんでくる言葉を発してる私を、ただ黙って聴いてくれた友人たち。

そして、最近の私を見て頑張りすぎではないかと心配してたこと、やっと話してくれて嬉しかったと、ただ聴いてくれました。

 

こんな風に、自分を話せる友達ができたこと、そしてこんな風に見守ってくれる友達が居ること。

なんか、それだけで私の日常は価値があるなぁとしみじみ思いました。

 

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その夜、初めて父の夢を見ました。

 

どっかの店でご飯食べる約束してて、いつも約束には必ず早めに行く父が案の定早く店に来てて、

いつも通り私たちは父を待たせてて。

店に入ったら、父が待ちくたびれて寝てたって夢。

 

あんまりあるある過ぎて、リアルでね。起きて思いました。

 

死んだけど、死んでないんやなぁ。

 

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夫と友達に吐き出した翌日、

熱が出ました。咳が出ました。鼻水が出ました。月の物が出ました。

 

久しぶりの高熱にヒーヒーしたけど、身体って正直やなぁと惚れ惚れしました。

 

結果、ピノ子もコボちゃんも熱が出て、調べたらインフルエンザやったんですけど、大人になって初めてのインフルエンザが、今回かぁ。出さなあかんもんいっぱいあったもんなぁ。

とか、脳みそ沸騰する位の熱の中、思いました。

 

と同時に、思った通り、ゆっくり過ごす時になりました。

 

ひとしきり熱が出た後、

それまでぐるぐる考えてた悲観的な思いや、考えてもどうしようもないこと、そして「私がやらなくちゃ」という思考の癖がグンと抜けて、楽になってました。

やっぱり身体って、良きに計らってくれるなぁ。

 

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私には夫と子供達との日々があって。

 

父が居た生活は日常では無かったけど、父はいつも居たわけで。

まだ実感わかないけど、たまに「死んだんやなぁ」と思う。

 

今のところはそれでいい。

今に至るまでにもいろいろ逡巡したように、これからもいろいろ思うんでしょうね、きっと。

 

それをそのままで受け容れていく。

受け容れられないこともあっていい。受け容れられないんだと理解する。

 

毎日生きてるから、風邪ひいたり、喧嘩したり、怒ったり泣いたり悲しんだり、笑ったり、楽しかったり、とにかくいろんなことがあって、日々なのや。

 

何もないことに、そんなに慎重にならなくていいやん。

 

いちばん大切なことは 特別なことではなく
ありふれた日々の中で 君を
今の気持ちのまゝで 見つめていること

 

 

肝っ玉オカン道は続く 

安心できないオトコ、信頼できないオンナ

私は、どうしても「被害者」で在りたがる。そのために夫を「悪者」に仕立て上げる。

私はそのままの私で在ることを結局の所許せてない、そこにはいつも罪悪感があります。だけど、素直に認められません。拗ねていじけて、こんなに苦しいのはあなたのせいだー!と、人のせいにして自分の罪から免れようとしています。そしてその標的は大概が夫であります。

 

というような訳で、先週それが爆発してね。んで、こんな気分でした。

kimottamamama.hatenablog.com

(すいません、すいません。犬も食わない話です。そして、取り留めのない自分語りです。あ、いつもか)

 

 

 

夫婦で信頼関係を築いていくというのは、すごくすごく泥臭くて地味な作業やのにさ、壊すのってめちゃくちゃ簡単やねんなーって思った訳です。

離れるのはすごく苦しい、それなら一生懸命にがむしゃらに向き合おう向き合おうとしてきたこの時間やけど、辞めちゃうのは意外と簡単な事なのかも知れない。

 

そしてその時思ったのは、私には「幸せじゃない」ことを選ぶ自由があるんだということです。

いつでも「幸せで在る」ことを選ばなくてはいけないということはない。

リチャード・バックの「イリュージョン」再読したい!)

 

イリュージョン (集英社文庫 ハ 3-1)

 

 少しでも良き自分で在りたい、子供たちのために幸せなオカンで在りたいと思って、それこそコツコツと学び動き積み上げて来たことも、「幸せで在る」ことにすら縛られていたのかも知れないと思ったわけです。知らない間に「幸せで在らねばならない」とか思ってなかった?私?

 

子供たちの幸せのためなんて、恩着せがましい、余計なお世話やん?それは子供たちの人生だよ。

不幸なオカンでも、子供達はそれなりに自分の「オギャー」を表現して行くだろうよ。

 

ほな私、何のために「幸せで在ろう」としてるわけ?

そして、その理由は何もない気がして混乱しました。

 

・・・

 

そんな中、これを観ました。

映画「永い言い訳

nagai-iiwake.com

とてもとても良い映画でした。西川美和監督やっぱり好きだ!(以下、できるだけ無いように努めますが、ネタバレがあるかも知れません)

 

 衣笠幸夫(もっくん)は、幼稚で、過剰な自意識をどうにもできず、罪悪感を受け入れることも出来ず逃げる事しかできない、欠落だらけのクソ野郎なんですよね(ひどっ)。でも憎めない。

そして、一途で素直でバカな大宮陽一(竹原ピストル)の、ふとした拍子に飛び越えてしまう危うさ。

 

映画の登場人物の中に自分の姿を見ました。

映画が終わると、それまでモヤモヤしてたのがふっと癒されてることに気がつきました。

 

んでね、クソみたいな人でも、みんな必死で生きてる。生きてるんやから、しゃあないかー!と開き直りました。

 

あたしゃ生きてるから、生きてるから、生きてるからさ、特にこれといった理由は無くても、「幸せで在ろう」としても良くない?少しでも良きものを目指しても良くない?もうそれでええやん!それで許してくれよ、私よ。

 

私が「幸せで在る」ことの理由にはならないと思った子供達だけど、いや違う。子供達が居るから、私は生きてられるのや。

 

罪悪感を受け入れることもできず、逃げたくて、幼稚で、自意識だけは過剰で、三十路とっくに過ぎたのに中2病気取ってる欠落と恥だらけの私を、より良きものに生かしてくれてるのは、子供達やんか。

子供達に生かしてもらってるし、子供達が居るから、やっぱり「幸せで在ろう」と出来るんや。

 

一周回って、、、どころの話じゃないけど。

とにかく私、それってめっちゃ幸せなことやない?

 

(しかしさぁ、もっくんほんまにカッコよすぎるやろ。色っぽいよねー。あんな顔に産まれた人生はどんなもんなんやろかー) 

 

・・・・・・

  

もっと肩の力抜こうよ〜と思います。

いろいろ深追いしたくなるけどさ、「ま、えっか」があってええのよ、私。

幸せで在らねばならないと、根を詰めるなよ。私には幸せで在るための理由なんて何も無いのかも知れないとか、もう考えてもしゃあないやんか。

 

 あと、そこそこ茫然としてたわりに、「肝っ玉オカンならこんな時・・・」という思考をしてました。習慣というのは強いなぁ、頼もしいなぁ。やるやん、私。

 

 ・・・・・・

 

ま、そんなこんなですが、夫婦の事は私の心の話だけでは解決しない訳で。

ふわふわと心は逡巡したけど、現状を解決するには結局のところ、嫌っちゅーほど現実的で具体的な行動が必要なわけですよ。

 

で、

 

  • お互いにやりたいこと、やって欲しいことを素直に言いあう。
  • 言ってないことを勝手に察して、我慢したり先回りするのをやめる。
  • 口に出して言ってることを信じる、それが全て。
  • 言うてることの裏を読むのをやめる。

 ということにしない?と、なりました。

 

 

今回のそもそもの爆発の原因は、

遅めに帰ってきた夫が、食器洗いをしてくれてた。私は早く寝たかったけど、夫に悪いかなと思って、別に見たくもないテレビ観て待ってた。

夫は夫で、次の日に大事な会議があるから早く寝たかったけど、私が洗い物して欲しいと思ってるだろうと無理して洗い物してた。

 

という、お互いにお互いを思ってはいるけれど、本当にしたい事を言い合わずに勝手に察して我慢して無理したために生まれたストレスをお互いにぶつけ合った。それに端を発してます。

 

私は、眠いなら寝れば良かった。
夫は、眠いなら寝れば良かった。

 

お互いそれを素直に表現してれば、「洗い物は明日にしよっかー」でも、「ほな私やっちゃうわー」でも、「一緒にちゃっとやっつけよか」でも良かったわけですよ。

 

夫は、自分の意見を言うと受け容れてもらえないと思ってる「安心して言えない」クセがある。

私は、相手の言葉や行動をそれ以外の裏の意味があると勘ぐってしまう「信頼して受け取れない」クセがある。

 

 ま、そんな2人なんですけど、生きてるから多少の生きにくさはあるよ。

それはしゃあないわけで。

これからまた、コツコツと積み上げて築いていく の、やり直し。嫌になるけど、子供達が居てくれるからゼロからちゃうしな。 どんだけ足掻いても日常は目の前に進んでるんやから。

 

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コボちゃんね、このコンクリートの切れ目でいつも座り込んで足場を確認してから歩きます。

大人には気がつかない道の凸凹を感じて、歩く練習をしてるみたいです。

歩くことすら、こんなにコツコツと積み上げていく事なんだよなぁ。

 

 

肝っ玉オカン道は続く。

いやいやいやいや、肝っ玉オカンを選ぶんやなかったんかいっ!

私の幸せは、状況に依存しなくてもいいという気づきこそが一番のギフトでした - 肝っ玉オカン道

どんな状況が起こった時にも、いろんな感情が湧いて揺れに揺れても、最後には「私の肝っ玉オカンを選ぶ」生き方をしていたい。

 

 やなかったんかいな、私?

いやはや、ただいま感情の混沌におります。

毎度はこう言うの抜けて腑に落ちてから書くわけですが、なんとなく書いておきたい気分。(書けるということは、混沌から少し距離が持ててるのかも知れないけど)

 

比較的冷静ではあるけれど、かなり強い感情が出てきた。そしてその感情の種となる原体験も判明したわけです。

 

しかし、このもつれの原因とか、どういう理屈でそうなったのかとか、イマイチ不明。冷静に分析する余裕はありません。

 

はぁ、幸せであろう、自由であろうとする私を引きずり下ろすのはいつも、「被害者意識」そして「罪悪感」。

この方々と円満にお付き合いできる日は来るのでしょうか。

 

 心のホメオスタシスめ!最近気づきの進み方が早かったからか、揺り戻しもキツイなぁ。

 

ねぇ?それでも幸せで在れるの?

ねぇ?それでも自由を選べるの?

と、悪魔に囁かれてる気分。

 

揺れて揺れても、いずれは希望を選ぶなんて、そもそも揺れてない時だから言えるんだよなぁ。あれだけ幸せを選ぶと宣言してた私は今では幻やないか。 

あの時は何が起こっても大丈夫な気すらしてたのに、夢から覚めるの早いなー。まさに、つかの間のパラダイスやったね。

 

その実、下手に揺らさないでほしいんだよー。多少退屈でも、多少不幸せでも、多少傷ついていても、慣れ親しんだ世界に居た方が楽なんじゃないのか?

 

分かった気になって、お恥ずかしいお祭り人間よ。アドレナリンよ、グッバイ

 

オギャーに戻るプロセスなら全部アリなんや的な、カッコええこと言うたけど、そんな大したオギャーいらんやん?

無音のオギャーでええからさ、何も起こらないで、何も反応しないで、適当でそこそこで、もうそれでいいやない?

オギャーを表現しつくす一生 - 肝っ玉オカン道

(しかしここでリンクを貼れるのは、やっぱり余裕があるのか。あるのかないのか分からんわい!)

 

子供達だってきっと分かってくれるよ、君たちのママは「所詮 そんなもん」やってさ。

 

 これが弱音なのか本音なのか。

本音やと言いたくなるほどに、MP(マジックポイント)点滅中ですわ。

 

ここから脱落するのって、簡単やろなぁ。「何しがみついてるの?こっちへおいでよ」と、耳元でとても甘い囁きが聴こえるわ。

 

ニヒルな自分と、ニヒルになりきれない自分がせめぎ合う。冷静と情熱の間。(懐かし)

もっと無邪気に絶望したいのに。まだまだカッコつけてる違和感があるわけで。

 

 

どれだけ心への考察を深めても、

現実的解決には結局、具体的な行動が必要なわけです。その具体的な行動をするには、やはり心の納得が必要で。

 

最近思うのは、許す事って簡単だよね。やけど、信じるって難しいのよね。他者に対してはもちろん、自分の事もそう。

許すのは一時やもんね。でも、信じるのは希望が無いとできない。

 

 

やっぱり一旦深く潜る必要もあるのねー。でもさ、そのモチベーションが湧かないよ。

 

前はこんな時どうしてたかな?

やっぱり映画観てたな。1人でどーーーっぷり映画館に入り浸りてぇ〜!

 

 

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ピノ子からのプレゼント。

海が近いからね、公園に貝殻が普通に落ちてる。

 

オギャーを表現しつくす一生

朝起きたら、コボちゃんの左耳が赤く腫れててね。耳たぶの裏に、爪楊枝で刺したようなポコっと凹んだ穴があったんですよ。本人はさほど痛く無さそうやけど。虫刺されにしても、一体何の虫?凹んだままやし。

夜中に宇宙人がコボちゃんの左耳に何が秘密の物を埋め込んだ跡なんじゃないか?と、本気で心配しております。

 

 

さて。

とある日の爆笑問題カーボーイ(ラジオ)で太田光さんがとにかく熱くて。ご飯作りながら何度も何度も聴いてます。(ご飯作るときが私のオーディオタイム!)

   

仏陀が悟りを開いた時、いろんなものをそぎ落としてそぎ落とした先の「悟り」の境地だったわけですよね。

だけどその境地を弟子に(もしくは誰かに)伝えるためには、言葉や仏像やいろんなものを使わないと伝わらない。

しかしそれをすればするほど、散々削ぎ落としたものに、結局何かを付け足して行く行為となるから、どんどん真理から離れていってしまう というジレンマがあるよなって。

 

人間は一生かけて赤ん坊に戻るようなもんなんじゃないのだろうか。産まれた瞬間の「オギャー」こそが全て。そこに全部が含まれていて。

苦しみも悲しみも喜びも全て。生命というものが「オギャー」でね。

その「オギャー」を表現するために、人間は言葉を学んでいくわけで。けれど言葉を介す程に「オギャー」は表現しきれなくて。

つまりは、今自分が感じていること発していることは全て、「オギャー」を悲しみです、苦しみです、喜びです、と分割して表現してるわけで。それをたくさんたくさん表現して、「オギャー」に近づけていく。

生きるということは結局、とてつもなく遠回りだけども、最初に発した「オギャー」に戻っていくプロセスなんじゃないか。

 

というような話です。

ほかにいろいろめちゃくちゃええ話してた。思うことありすぎたので、それはまたまた、おいおい。

 

 

これって、私、コボちゃんが産まれたときにまさに感じていた事でした。

 

ふにゃふにゃのコボちゃん、ただ寝てるだけで強烈な存在感があって。あぁ、赤ちゃんって完全体で完璧やねんなぁと思ったわけです。

  

産まれたての赤ちゃんって「ただ居る」だけで完全。愛の全てを体現した存在。

 

ってことは、私も完全体の赤ちゃんやったわけで。

やのにね、傷ついてみたり、自己価値を落としてみたり、自己表現しなくなったり、「何か」が無いといけないと駆けずり回ってみたり。んでそれに気がついて、それを取り戻していく。

 

つまり元々「ある」のに、「ない」事にして。色々経験しながら、やっぱり「あった」って気がついていくわけでね。

 

人生ってなんでこんなに遠回りでややこしい事をするのだろうか。そもそもあるし、そもそも完全体やのになぁ。

と、産後の身体を休ませながら思ってたわけです。(やっぱりホルモンおかしなってる 笑)

 

 

で、太田光さんの話を聴きながら改めて思ったこと、それは。

 

母親は、生命を誕生させたこと、それだけでいいんやないか。

つまり「産んだこと」それが全て。それで母親の仕事は終わりなんじゃないかってことです。

 

「オギャー」のビックバンを表現するプロセスこそが人生の目的であるとするなら、どんな人生であってもヨシとしか思えない。

 

苦労させたくないとか、傷つけたくないとか、生きやすい人になって欲しいとか。だからいろんな経験をさせてあげようとか、本人の気持ちを優先しようとか、〇〇な育て方をしようとか、怒らないで居ようとかさ。

完全体のこの子達に、私が何をしてもしなくても、無意味であり、しかしそれこそが意味があって。

 

ならば、その子が表現したい「オギャー」を信じるしかない。どうなったとしても、どうにもならない訳やから。

 

という、禅問答みたいです。まさしく「空」論なわけです。

 

 

「オギャー」と産まれたこの子達の人生を信じる。

それは、「いい」人生になるだろうと信じるとかではなくて、どう生きても(たとえ辛い人生に見えたとしても)この子の選んだ「オギャー」の表現なんやと尊重する。

絶望的なまでに、子供達の「オギャー」に私が意図的に関与してコントロールすることは出来ないわけで。

 

とどのつまり、私ができることは私の「オギャー」に集中すること。
しっかり今を生きて感じて表現していくことしかない、というわけです。

 

「オギャー」、つまり全であり空を表現するための人生だとするなら、

この世に誰かが決めた「いい」とか「悪い」とかは本当に本当に無いのやな。

そこには絶望的なまでに(アゲイン!)「どうしたいか?」しかなくてさ。

 

それってある意味怖いよね。

今まで多少苦しくても、誰かが決めた「いい」とか「正しい」とかを指針に、「どうしたいか」よりも大事なこととして受け容れて生きてきたんやから。  

 

 

太田光さんの話聴いてまず思ったのは、

「ヤバい!私、ここ気づいてしまったら本当の本気の自由になってしまうよ・・・」ということ。

 

まだまだ、不自由なオギャーを表現したい様子ですなー。

 

ま、えっか。

   


爆笑問題カーボーイ2016年9月27日

 

 

肝っ玉オカン道は続く。

肝っ玉オカン考 その1

とある事由で印鑑証明をもらう必要があり、区役所行きましてね。

 

前から役所仕事が嫌いすぎるんですよ。やから、できるだけ避けたい訳なんですが、しゃあなく行きました。そんな気持ちですからね、案の定不備があり、結局、一度家に帰ってまた出直さないといけない事になりました。

 

おいおいおいおい!あんだけ並んでやり直しって!こちとら10キロ超の赤子抱いて待ってるんだよー!帰ってきてもまた1から紙を書き直し、そして並び直して!ほんま殺生やわ〜。その辺何とかしてくれよ。

だいたいよぉ〜、印鑑証明ってなんだよ!印鑑を証明するってなんだよー!私の信頼と印鑑の信頼は別の話だろよ。自治体とか国が証明したら信頼できるっておい、この人ら私のこと何も知らんがな!いっそ友達のサインの方が有効だろうよ。ってかそもそも、日本の印鑑文化がもはや何とかならんのかよ?だから大っ嫌いなんだよぉ〜!!人が決めた意味わからんルールに従うことも、日本の印鑑文化も何もかも嫌いだよー!

 

頭のなかでクソほど悪態つきながら帰る道すがら、頭のBGMは尾崎豊「15の夜」。

体制に反抗的な気持ちの時は尾崎なんやな、私の頭の中のオーディオよ。なかなかのステレオタイプやで。

 

 

さておき、道中の川沿いでお爺さんがハーモニカの練習をされてました。多分、大きなのっぽの古時計やと思う。

 自転車やからゆっくり聴くことはでけんかってんけど、そのお爺さんのハーモニカ聴いたら、ぜーんぶどうでも良くなって、

 

「ま、えっか」

 

と思った。

ほな、大好きな川沿いの風が気持ちええなぁとか、抱っこ紐のなかで寝てるコボちゃんのいい匂いがしたり、あんなに「えー、、、」って嫌な顔する市民の対応せなあかん区役所の職員さんも大変やなぁとか、大好きな川沿いの風が気持ちええなぁとか思ってね。

そしたらBGMが宇多田の「花束を君に」に変わりました。頭のオーディオ分かりやすいぜ。

 

あとそもそも印鑑証明の目的も調べてみたらさ、それを最初に押さえてたら出直さないといけない事態にはならんかったなぁって感じでしてね。

 

 

ま、結局のところ、

・人が決めたルールに従わないといけない(そして、それは大概が理不尽だ)

・言われたからやらないといけない

 

 

この辺りに縛られてましたね〜。

「いけない」が、自分の自由を奪うのよね。そしたらクリエイティブな考えも柔軟な行動も出来なくなる。

 

そういう時、必ず違和感あるもんねー。

この辺をさぁ、動く前にキャッチできるようになりたいなー。私の課題。

 

 

あ!ほんで本題や。

肝っ玉オカン考ですが、この、

 

「ま、いっか」

 

こそが、肝っ玉オカンには必要やなと思いました。

 

今までは、とても無責任で思考停止な言葉。目の前の問題から逃げ出したらあかんのや!と思って避けてた姿勢やねんけどさ。

普段夫が「ま、いいんじゃない?」と言うと(夫は結構「ま、いっか」が言える人)、うおー!問題から逃げるんじゃねー!と、胸ぐら掴む勢いで食ってかかってましたわ。ごめんね。

 

 

実は「ま、いっか」ってスゴイ。

自分を囚われから解放してくれて、そんな自分を俯瞰して見られる。そしたら、意外なアイデアが浮かんできたりする。

 

 

決して問題から逃避するわけではなく、一旦離れる。つまりは問題を小さくしてしまえるわけですね。

そしたら、自分を被害者にする事もなく、誰かを加害者にする事もなく、目の前の問題の本質が見えてくる。そして、その問題は意外と小さいと気がつく。

 

「ま、いっか」に悪いことなしやな!

 

つまりは!EAST END X YURIはスゴイなぁって話です。(違うか)


MAICCA まいっか  EAST END × YURI 高音質

 

「ま、いっか」が言える、肝っ玉オカンになるぞー!

 

肝っ玉オカン道は続く。 

本音はヒトを癒し、救う の巻

「〇〇の巻」は、最近ピノ子のブームです。

 

先日、母に初めて子守りをお願いしたんですよ。ピノ子4歳にして、初めて。

今まで子守りの選択肢の中に、母や家族に頼るというのは無かったんですよねー。夫婦でどうにかやる、もしくはお金を払ってプロに頼む。くらいで。

 

二度の産後も母には頼らず、近くの親戚に頼ったり、プロに頼んだりしてました。
家族に甘えるということが私にとっては大きな大きな壁でした。

小さい時からずーっと、「いい子」で居ないといけないと思ってたからねぇ。

 

それがふと、頼んでみようかなって思って勇気出してみたら、二つ返事で引き受けてくれて、子供達と居てたら風邪治ったわ〜と笑顔で帰ったのが私とても嬉しかったのです。そして助かった。

 

ピノ子が産まれてすぐのころ、母に対する強い強い怒りの感情が湧いてきてどうにもならなくなってね。
母と対峙するたびに、小さなピノ子に自分を重ねて、「なんで?なんでこんなにかわいい(存在な)のに、あんなに私は抑圧されないといけなかったの?」っていう疑問が湧いてくるわけですよ。

そりゃあもう苦しいからねー、正直関わりたくなかった。

 

 

参考記事⬇︎

kimottamamama.hatenablog.com

 

 

それがね、コボちゃんが産まれてしばらくして、ふとしたきっかけで母と話をする機会ができたんですよ。

 

 私が母を煩わせないいい子で居ることがどれだけ生きにくかったか。母に見てもらえなくて寂しかった。もっと愛情かけて欲しかった。大事にして欲しかった。と、その時伝えることができたわけです。

 

この時、母を責める気持ちや謝罪を求める気持ちが(ほぼ)無かったことに驚きました。あんなに恨んでたのに!自分が苦しいのは全部母のせいやって思ってたのに。

それはまぁ、私にとっては大きな大きな一歩やったわけでね。

 

生きてるうちにもっと 本心で話がしたいと思ったから、それからもちょくちょく、「思ってること」や、「思ってたこと」を言うようにしていました。

 

その度に母は、「私が未熟な母やったから」とか、「私が至らなかったから、つらい思いさせてごめんね」とかいうわけです。

 

やけどなんかさぁ、それ聞くたびに釈然としない思いが心に広がりました。

でもその理由が何なのかは、しばらく分からずやったのですが。

 

 

ある日私、熱を出してね。その時にふと幼き頃に母にされた仕打ちを思い出して怒りがフツフツと湧いて出たわけです。

 

んでね、結局母といろいろ話した気になってたけど、母が幼き頃の私のことをどう思ってたのか聞いてない!ってことに気がつきました。もう居ても立っても居られなくて、勢い任せに母に電話しました。

 

でさ、母さんは私のことどう思ってたの?母さんは私のこと煩わしかったの?そこんとこどうなの?

 

 

・・・

かなり何度もラリーしてようやく母は話してくれました。

 

 

周りはもう子育てがひと段落してる中で(うちは、年の離れた姉と兄がいるので)、自分だけまた1から子育てが始まると思ったら取り残されるような気もしたし、煩わしさがあった。

そして、そもそも子育てというものに自信もなかったから、またできるのか不安だった。

 

あと、パパ(私の父)が私に甘いのを見て、私に嫉妬する気持ちがあった事も。子供より、私の事を大事にしてよって気持ちがあったのかもなぁ と。

 

 

それが聞けて私、なんだか力が抜けました。なーんやっ。そうやったんかー!ってね。めっちゃ気持ち理解できたもん。

目の前の霧が晴れるような気すらして、その母の本音は、幼き頃からの心の傷を癒しました。一見、酷にも思える告白だったけど、私の心は救われた。

 

 

ずーーーっとずーーーっと抱いてた、「なんで?」の答え合わせができたから。(しかも全問正解やったやん 笑)

幼いながらに頑張って我慢していい子してた私を肯定できる気がしました。

 

 

んでさ、あれだけ「許す」とか「許せない」とかにこだわってたのに、結局は『ほな、ま、ええか。』やもんなぁ。もっとドラマティックなもんやと思ってたから、拍子抜けやったなぁ。

探してたもんはこんなsimpleなもんだったんだ〜(by ミスチル

 

 

母に本音を聞きたかったのもあるけど、母に弱くて醜くて我が儘でクソみたいな、生身の自分の弱さを認めて欲しかったのもある。 「私が未熟な母やったから」「私が至らなかったから」とかね、そんなカッコつけた言葉で逃げんとってよ!ってさ。

 

 

・・・いや、違うのかも。

ほんとはね、実は私こそが 母に「完璧であって欲しい」って思いがあったのですよ。それは私の母に関してだけやなくてさ、聖母観っちゅうの?

「母たるもの子供を無条件に愛するものだ!」っていう概念が私の中に強く強くあったようです、どうやら。

(しかしさぁ、どこで「完璧」なんて観念が生まれるもんかねぇ。子供の思い込みというものは論理性無さすぎてクラクラするわ。でも強くて純粋で、論理なんてものでは太刀打ちできないのよ。)

 

 

だからこそ、

生身の人間としての母の本音は、母となった自分を許すことにもつながりました。

私は、聖母のようにはできない自分をどこか責めていたから。「私だって人間だー」という生易しい言葉で自分の「完璧にできない」という罪悪感を誤魔化してたから。

 

 あの日私は、「完璧な母像」というものから独立できた(かも知れない)。

そして母を完璧でない1人の人間としてようやく解放してあげた。それはつまり私が母から独立したんやと思う。

 

後日 母に話しました。あの時、本音言ってくれて私は救われたんやで、聞けて良かった。言うてくれてありがとう と。なんやこうやって、話をしてそれを受けてどう思ったかのフィードバックまでできる様になったことはまた私も成長したなぁと思う。自分がどう思ったのかを言える様になったのやから。

 

 

結局ね、「本音」がこれだけ私を救ってくれるとは思わなかったよ。それでも愛してた〜的な甘い言葉をどこかで期待してた節あるのに。本音を言えた母も、やるなって思った。

  

やから改めて思ふ。

私は私の本音をもっともっと大事にしよう。それこそが自分を癒して救う事になるんや。

偽善や偽悪の甘くて苦い言葉で誤魔化さずに、弱くて醜くて我が儘でクソみたいな本音を聴きたい。散々、絶望して、そして受け容れたい。

 

それさえできてれば、子供達にも素直になれると思うから。

 

 

 

〈以下余談〉

こないだピノ子の運動会でした。

初めての運動会のお弁当作りは、想像の5倍ぐらいハードワークでしたよ。

私おせち作りが趣味のひとつでね、毎年おせち作ってるから余裕やと思ってたわ。

 

あれだけのことができれば、世のどんなオフィスワークもこなせる気がしたよ。

料理のスキルだけやない、段取りスキル、クリエイティブスキル、コミュニケーションスキル、とにかくマルチなスキルが求められる。

しかも絶対的な時間のリミットが決まってるからね〜。

 

お母さんってすげーよー!!ビバだよ!

 

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肝っ玉オカン道は続く。