肝っ玉オカン道

いいオカンじゃなくて、幸せなオカンでありたいのだ。

続 復習は日常生活でやろう!

こんにちは。

モンテクリスト伯終わっちゃったなぁ。最終回めっちゃ観応えあったわー。こんなハマって観たドラマは久しぶりやったし、寂しいなぁ。これをモンクリロスと言うらしいですよ。(最近のドラマ、9話とか10話で終わっちゃうのな)余談。

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kimottamamama.hatenablog.com

 

この続き。

翌日、ピノ子のお迎えに、駅まで向かいまして。(その日は駅まで送り迎えという日)

その時コボちゃん(2歳男児)は、駅に行くということは電車に乗るんだと思い込んでいたようで、 ピノ子のお迎え済ませて帰ろうとした時にひどく怒りだしました。

 

「なんで?なんで電車乗らないの?電車にのりたかったぁぁぁぁ〜!うえーん!」

事情を説明したり、ごまかしたり、強引に駅から連れ去ったりしたけど、結局場所を変えてもずーっと怒り続けているコボちゃん

普段、それはそれは物分かりが良くて、切り替えのいいご機嫌な男児なんで、あんまりひつこく怒るコボちゃんに、私も参ってしまいました。いつまでもぐずるコボちゃんにだんだん腹立ってきて、「もー!そんなに言うなら逆に、絶対電車になんか乗ってやるか!あなたの言うことなんて聞かないし、ご機嫌取ることなんてしてやらねー!」的な宣言をして、半ば無視してました。

 

でも、これで家帰ってなんとなく機嫌悪いまま切り替えて不完全燃焼のコボちゃんと、気持ちが通じなくてグズグズされてめんどくさかったーという気分だけほんのり残ってる私。それもなぁ、、、と思い始めて。

 

わざわざ駅から離れた駐輪場に自転車を停めて、電車賃払って電車乗って行って帰るなんて、普段はほぼ選択しないですよ。

でも予定は無いし、天気いいし、私の体調もいい。その日は、なんだかやってみようかという気になりまして。

じゃあ電車乗るなら、私も目的を作ってみよう。ピノ子にも楽しい目的があったほうがいい。

 

というわけで、数駅先の駅まで電車乗って(コボちゃんクリア)、ソフトクリーム食べて(ピノ子クリア)、成城石井で買い物して帰ってくる(私クリア)をやってみました。

 

電車乗った途端(切符買った途端)、コボちゃんのご機嫌は二重丸で、それまではグズグズ抱っこ抱っこだったのに、途端に自力で歩き始めました。電車の中でも終始ご機嫌に外を眺め、ソフトクリームを2人で半分こして口も手もベタベタになって笑い、私の買い物中にも1つもグズらず、ピノ子もお菓子をせがむことなく、私は珍しいアジア麺なんかを購入しウハウハで、帰りにまた電車に乗るのでコボちゃんはウキウキで、そして家に帰ってもご機嫌でね。

なんだか、みんな「行って良かったね〜」的な夕方になりました。 

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もし、あんまりグズるコボちゃんに根負けして行ったとしたら、私は被害者意識山盛りな気分だったと思います。ぐずることで私をコントロールしやがって!的な思いで全然楽しくなかったやろに。

 

今回は、「コボちゃんの期待に応えてみよう」という行動を能動的に選択したからこそ、私も楽しめる目的を考えたり、喜ぶ顔を見て嬉しかったりしたわけで。

 

もー!うるさいな!という気持ち(「木」の世界)はあったけど、乗り物好きの2歳男児が電車に乗れるものと思って駅に行ったのに乗れなかったら、そら残念だろうに。という共感(「火」の世界)の気持ちが湧いてきたので、それなら電車に乗ろうかという行動(「土」の世界)に繋げられたことで、私も気持ちが良かったんやろうと思いました。

 

例え同じ行動でも、受け身でやるのか、意識的にやるのかでは、気持ちの良さが全然違うのなぁ。

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相生ルートついて私が思ったのは、「生きてるだけで価値を生み出している」ということを理解するための、象徴的な考え方なんじゃないのかな?存在自体に価値があるということを深く知るための。

 

対して相克ルートは、「生きる意思を育てる」ための象徴的な考え方なのかな。代々受け継いだ生き方の癖や、幼き頃に設定した人生脚本に反応して流されて生きるのではなく、人生を自分で創造していくチカラを育てるために。自律して生きるために。

 

そんな、学んだことを日常の生活の中で復習してみて、あ!と気づく瞬間が楽しいと感じてます。

だるまん先生の本、他も読んでみよーっと。 

 

だるまんの陰陽五行「水」の章 前編 命の不思議を測るの巻 (マンガで解るシリーズ No. 3)

だるまんの陰陽五行「水」の章 前編 命の不思議を測るの巻 (マンガで解るシリーズ No. 3)

 

 

 

順番通りじゃないけど、これ読んでみよかな。

 

肝っ玉オカン道は続く。

復習は日常生活でやろう!

毎朝「半分、青い」観てます。久しぶりの朝ドラ習慣です。

ピノ子もハマってて、親子揃って朝ドラをキャッキャ観れる日がこんなに早く来るなんて。あまちゃんの頃は、オープニングテーマが流れたらつかまり立ちしてお尻フリフリしていただけだったのにねぇ。子が育つのは早いもんで。 

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秋風羽織、トヨエツ。似てない!

(そいや私、小学生の頃NIGHT HEADがめっちゃ好きでTSUTAYA通ってお年玉で借りて観たおしました。めちゃくちゃ面白かった記憶あるわ。サイキックの話。そしてカッコよかったなぁ。トヨエツ歴20年以上。誰が興味あるねん。)

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kimottamamama.hatenablog.com

こちらの続きです。

 

先日ピノ子がね、ソファーに大々的にオネショをしたんです。

うちのソファーはカバーを洗濯できるタイプじゃないし、がっつり染み込んでるし、もう使いたくないなぁと、ガーックリしました。

 

ピノ子はこういう時しおらしく表現するタイプじゃないんで、起きた途端「ママのせいだからね!!」と、荒れ狂ってましたが、きっと「やってしまった〜」と罪悪感やら後悔やら恐怖やらで混乱してたんやと思います。

それも理解はしてたんですよ、頭のどっかでは。やけど「許せねぇー!なに大々的に失敗してくさっとるんじゃい!」という気持ちに揺さぶられ、だいぶひどいこと言って冷たい対応をしました。


そしてムシャクシャが止まらなくて、1人部屋にこもりました。

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1人部屋にこもると、ムシャクシャがだんだんモヤモヤになってきて。これ相生ルートだよなぁと思いました。

 

「木」の怒りを、「火」のように発散させたら一瞬スカッとはしましたよ。でも後味悪くてモヤモヤ思い煩う「土」。

そしてピノ子には、失敗してはいけないというルールを植え付けてしまうわけで(ビリーフ、信念は「土」の世界観)。

 

でも、これを相克ルートへ意識的に選択して歩もうとするなら?「火」の触媒が必要なんですよね。「火」とはすなわち熱。つまり愛情や、共感です。

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オネショってわざとすることではない。いうならば「仕方ない」の極みですよねぇ。

それに、ピノ子は私以上に「やっちまった」とショックを受けてる。態度は可愛くないけど、その実1番傷ついてるのはピノ子なんですよ。

 

私も幼稚園の頃、おばあちゃんのお家でおねしょをしちゃって、とてもとても居た堪れない気持ちになったことを思い出しました。その時、おばあちゃんに咎められた記憶はありませんが、とにかく「やっちまった感」が半端なかった。その傷を思い出しました。

 

言ってしまえば、オネショでソファ汚したくらいのくだらないことで、ピノ子に自己否定感を強化させてしまって、私は何がしたいんや。

結局私はまだまだ親のこと恨んで、ピノ子に嫉妬して親への復讐をピノ子を使ってしてるのか。八つ当たりかよ。とか、いろんなことが頭をぐるぐるめぐり嫌になりました。

そして、私のこの自己否定感も、いわゆる相生ルートの「土」の苦しさなのかもしれないわけで。 

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お互いしばらく頭を冷やし、落ち着いてからピノ子と話をしました。

オネショは、しようと思ってする事じゃないのに、ピノ子のせいにして怒ってごめんね。ピノちゃんもショックやったやろ?とはいえママもソファー見てがっくししてしまった気持ちはあるねん。どうしたらいいか一緒に考えよ。

と私は話し、ピノ子もオネショしてしまって悲しかったこと、ママに怒られて悲しかったことを話してくれて。んで一緒にソファーをベランダに出して一件落着。

ちゃんちゃん。

 

なんて。

一見、きれいにまとめましたが、私の中ではモヤモヤは拭い去れませんけどね。私を縛る「親を煩わせないいい子」を、結局ピノ子にも強いてしまってるのやな。イライラをそのままぶつけて、ひどいこと言って、子供を八つ当たりのサンドバッグにしてる。そして、あなたはそのままではダメ!と伝えてるんではないか。あー嫌になっちゃう。

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相生ルートは、無意識に家族間で受け継いだビリーフなんかをやすやすと繰り返してしまう。だからこそ、相克ルートを歩むには、意識的に行動を選択すること。

その際に、自分の中にある「火」(つまり愛や共感)に気がつき、それを発現させて触媒にして、「意思」を持って行動すること。そのプロセスが人間的成長を促す。そうすることで、また新たな自分を発見し「自分」という枠を広げることになるということだそうです。

 

「火」(愛や共感)は、あくまで外側からの働きかけではなく、自分の中にあるものに気がつくこと。という話には、ちょっぴり感動しましたよ。

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今回、だるまん先生の陰陽五行思想について学ぶのは初めてでしたが。

最近思うのは、どの学びの中にも「答え」があるわけではないということです。むしろ学ぶということは、自分の中に「問い」を積み上げていくことなんやろうな。

「答え」は、日常の中で自分で選択して行動のおまけのようなもので。いやむしろそれすら答えではないのかも知れないけど。

やっぱり私たちは、目の前の日常を生きるしかないということです。それは退屈で泥臭くて、でも1番エキサイティングなんやろう。

 

何はともあれ、楽しかったですよ。

だるまん先生は、たとえ話が多くてとても分かりやすかったのです。きっとだるまん先生自身が、陰陽五行思想の学びを、日常に問いながら生きていらっしゃるからだろうなぁと思いましたよ。

 

この翌日、またもや相克ルートならどうする?の局面(そんな大げさではない!)があったので、それは続きます。

 

肝っ玉オカン道は続く。

意識化して行動を選択することが相克ルート

こんにちは。

いよいよドラマが最終回週間ですねぇ。

コンフィデンスマン終わっちゃったし、そして今日はモンテクリスト伯が最終回。ハラハラドキドキで切なくて、食い入るように観てるんですけど、ディーンさんの主題歌がやたらインパクトあってねぇ。ドラマに集中出来ないこと、山の如し。あと、ディーンさんの2話か3話くらいの、「The Count of Monte Cristo」を巻き戻し再生を何回もした人は、きっと私だけではないでしょう。

とか、こんな雑談できる友達欲しいなぁ。

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週末に、だるまん先生の陰陽五行思想の講座を受けました。

陰陽五行の基礎的なことは何も知らぬまま受けましたが、だるまん先生の哲学は日常を見るときの、ある1つの視点になる、とても分かりやすくて面白い講座でした。

早速本を買って読んだらまた面白くって、講座ではよく分からなかったことの理解が深まりました。

そして、今までつぐ姫さんの元で学んできた心理学も、伊泉先生の元で生命の木やタロットや伝統的占星術などで学んだこととも結びついて、「やっぱりそうなんやなぁ」的な発見が多々ありました。

だるまんの陰陽五行 実践編 愛の羅針盤 (マンガで解るシリーズ No.9)

だるまんの陰陽五行 実践編 愛の羅針盤 (マンガで解るシリーズ No.9)

 

 (だるまん先生がファミリーコンステレーションのセッションに参加して、それを解説してる章が特に面白くて食い入るように読みました。)

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五行って聞いたことあります?東洋思想のベースとなる、5つのエレメントが関わりあってこの宇宙を成してるという考え方です。(合ってる?)

木、火、土、金、水(もく、か、ど、ごん、すい)の5つを象徴として、宇宙の森羅万象はそれぞれに類型化される。(合ってる?)

 

中でも特に、相生ルートと相克ルートについてが興味深かったんですよ。授業ではイマイチ分からなかったんですけど、本読んだらめっちゃ理解が深まりました。(かなり浅はかな知識なので説明なんてとんでもないのですが、以下、自分の備忘のためにメモとして書きます。)

 

相生ルートは、

 f:id:kimottamamama:20180614005839j:image

 こんな感じで。創造の矢印です。(例えば、「木」が燃えて「火」になる。)

 

相克ルートは、

f:id:kimottamamama:20180614005847j:image 

こんな感じで。破壊の矢印です。(例えば、「木」は根を張って「土」のテリトリーを侵していく)でもこれは、破壊だけの関係ではなく強きが弱きを助く関係だと解釈するのがいいそうです。

 

そして、この相克ルートをどう歩んでいくかが、人間的成長のカギとなるそうです。私はどちらかといえば相生ルートの方が重要なのかなと思ったんです。イメージ的に。

 

でも、相生ルートは望むとも望まざるとも自然と流れるベクトルだけども、相克ルートを歩むのには、抵抗が大きい。だからこそ「意思」の力が必要で、それこそが人間的成長に意味がある、という理解でした。

 

長いので、続きます。

 

肝っ玉オカン道は続く。 

声は外側に届けるもの

こんにちは。

日が経ってるけど、

この記事を書いた後、またあの摩訶不思議なレッスンを受けに、先生が東京へ出張される機に、私もお願いして個人レッスンを。そう、久しぶりにTOKYOへ行ってきたんですよ。

 

単身で、軽装で、ヒョイと新幹線に乗り、レッスン受けるためだけに東京日帰りで往復するって、とっても自由で、豊かな気分でした。

そんなことを自分にさせてあげれたこと、そしてそれをさせてもらえる夫や子供たち、環境が何より嬉しかったわけで。帰りの新幹線で、嬉しくて涙チョチョ切れましたよ。

この「動ける自由な感覚」を、最近少し思い出した気がします。子供達がしっかり育ってきたことと、夫の主体的な家事や子育てへの関わりというのが大きい要因ではあると思いますが、無理だとか、めんどくさいとか、するべきじゃないとか、こうするべきだとか。

別に、誰も何も私のことを制限なんかしてなかったのになぁ。自分を勝手に縛って、囚われている気になってることって多いんや。そんなことを、最近つとに思います。

「神様は何にも禁止なんかしてない」川本真琴はすごいわ。

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摩訶不思議な歌のレッスン。今回は1時間半のレッスンやったので、かなり歌いに歌いましたよ。そしてまたもや、お恥ずかしながらもビフォーアフターを貼り付けようと思います。

前回勇気を出して貼りつけたビフォーアフターに、お友達がメールやコメントをたくさんくれて、超絶嬉しかったわけです。ありがとうございます、ございます🙇‍♀️

 

まずは、秦基博さんのひまわりの約束

ひまわりの約束〉ビフォー


ひまわりの約束 イメージワーク前

 

ひまわりの約束〉アフター


ひまわりの約束イメージワーク後

 

 ●先生のアドバイス

響きのある伸びやかな歌声を滑らかにつなげていく歌なんですが、私の歌は歌詞の文節の終わりで、その声の伸びが途切れてしまう。

それは、次の文節の最初の言葉を「歌おう」としすぎているからで、その度に意識が自分に戻ってしまう。

聴いている方にもそれは伝わるから、聴き入った瞬間、現実に戻されるような感覚を繰り返してしまうんですよ、と。

 

●イメージワーク

目の前に人の腰があるとして、吸盤ボールが無数に張り付いている。それをただ見ながら歌う。目をそらさずに。

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吸盤ボールってこんなん↑

そのワークをすると、声の伸びが良くなって、途切れが確かに減りました。 

途中一度先生に指摘されて途切れてる時があるんですが、それは高音の前。

高い音来るなーという意識が、目の前の吸盤から目をそらせて、「高音を歌おう」と、自分に意識を戻してしまったんですよねぇ。声はウソつけないなぁ。

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そしてLet it go (英語の方)を挑戦しました。

〈Let it go 〉ビフォー


Let it go イメージワーク前

 

〈Let it go 〉アフター


Let it go イメージワーク後

 

●イメージワーク

小さい扇子のようなものを眉間の上で勢いよく開く。開いた瞬間捨てて、次の扇子を開く。をひたすら繰り返し。

 

実は、Let it go は数日前に課題曲にしようと急に思い立ってそこから聴きはじめたんです。

英語やし、なかなか歌詞とか言い回しが頭に入らず、やっぱり無理かな?でもクライマックスの張りまくる所が歌えるようになりたいな。的な感じで、恐る恐る歌ってみたのですが、やっぱり歌えてないのが気になって途中でやめようとしました。

 先生に背中を押してもらって、結局歌い続けたのですが、これがとても良かったんです。新しい世界に頭を突っ込んだ気がしました。 

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後から考えたら、間違ったらあかんとか歌詞が入ってないようなものはあかんって思ってたんですよ。レッスンやのにね。歌えないものを歌えるようにする機会でもあるのにね。それなのに、挑戦をしてませんでした。


自分ができると思ってることのギリギリちょっと先、ここは無理かな?って所に挑戦した時に、人って成長をするらしいですよ。

手相も伸びるんです。そういう挑戦した時、知能線が1日に0.01ミリ伸びるって言われてるとか。(別に長いのが良いとかいう話じゃないですけどね。)

このたびのLet it go はまさに、手相伸びたんちゃうかな?って経験になりました。

 

不思議なことに、イメージワーク中は歌詞を見る余裕もないんですけど、でも歌詞が出てくる。

多分、無意識の中にはちゃんと歌詞が入ってるんやろなぁ。正しく歌おうとする意識が、自然と出てくる歌詞を打ち消してるかも知れない。 

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結局、毎回ぶち当たる「歌おうとしない」って何なんやろ?なんでイメージワークしてたら歌えて、いざ歌おうとしたら歌えなくなるんやろ?とずっと思ってるんです。

そこに先生のコメントが入って、ちょっとした気づきがあったので、今の段階で私が理解したことをメモしときます。咀嚼しきれるかな?

 

人間はそもそも、声を出す、話すというのは、他者に届けるためにあるんですよね。だから、内から外に向けた意識で発せられた時にこそ、声を出す身体の筋肉のメカニズムが正しく働いて、楽な声が出せる。

当たり前のような事ですが、これは意外と感覚として分かってなかったかも知れない。(今も腑に落とすまでの体感はないかも。)

 

私は歌うとき、歌詞や音程やリズムを「確かめながら」歌っていたんですよ。

そして「確かめてる」時に、矢印が外側から内側に向かうんやろうと思うんです。

それが歌う時に向けられた内側から外側への矢印とぶつかって抵抗が起きる。だから身体にチカラが入る。

いわゆる外側に声を届けるための、内側で起こる自然な筋肉のメカニズムが損なわれるのですよね。 

 

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※図に書くほど解りやすい図でもないけどね。(最近こんなアシンメトリーの髪型にしたよ〜❤️)

 

イメージワークをすることで、外側に届ける意識が自然と作られるんです。

そして、とにかく集中しないとできないんですよ。そしたら「確かめる」方にエネルギーなんて回してられない。

だから抵抗が起きず、歌声が自然なものになるんですよね。

 

これ、自意識過剰な私には日常に活かせる視点な気がしました。

人にどう見られているのか?と「確かめてる」時、矢印が外側から内側に向かっているのだろう。そんな時は身体にチカラが入ってる。だから素直に動けなくなる。(この時に、イメージワークを応用できるのだろうか?)

 

今のところはこれまで。長くなりましたが、いつか続くかと思います。(続くのか?)

 

肝っ玉オカン道は続く。 

体感を思い出せ

こんにちは。

 

福岡を離れ、歌のレッスンに通えなくなったのは、めちゃくちゃ寂しいです。

レッスンに通っている期間は、次の課題曲何にしようかなぁ?と積極的に歌を聴いていたので、最近は歌を聴く機会がめっきり減っちゃったなぁ。

そいや、こないだゴスペルの体験レッスンに行きました。ミセスの方々に混じり、歌ってきました。楽しかったです。楽しかったんですけどね、あの知らない人達の輪に入って、掛け合いのノリとか超絶恥ずかしいですねぇ。そして、ノリきれない自意識過剰な自分が、余計恥ずかしくていたたまれなくなって。

ゴスペルって、その場に居るだけで痺れまくるクワイヤーと、聴いてる側なのにめっちゃ恥ずかしくなってしまうクワイヤーあるよね。あれ何が違うんやろうやぁ。(悪口じゃないyo)

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このblogを読んでくださってる方にはおなじみの、とっても摩訶不思議な歌のレッスンのことを少々。

歌のレッスンに本格的に通い始めたのは今年に入ってからなのでものの3ヶ月で引っ越しになってしまい残念無念。

歌のスキルはもちろんのこと、それ以上に生き方への気づきがあって、心からワクワクする時間でした。

 

摩訶不思議な歌のレッスンについてはこの辺りの記事かな↓

kimottamamama.hatenablog.com 

kimottamamama.hatenablog.com

kimottamamama.hatenablog.com

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先生は、歌を聴くと自分の身体が同調して反応するそうです。

そして、自分の身体の状態を客観的に観察して、どこの筋肉がどう使われてるのか(もしくは使われていないのか)を把握し、その歌を歌うために使われるべき筋肉の動きを見立て、それに合ったイメージワークを組み立てる。そんなことを、瞬時にされているそうです。

 

それ聞いて痺れましたよ。先生のミラーニューロンめっちゃ発達してるやん!!(いつからか紅白は観なくなったそうですよ。年末くらいは身体を休めたいかららしい。すげー)

そして共感的傾聴と、客観視。見立て、イメージの組み立てとか、有能なカウンセラーさんのようなことをしてる。だから先生のレッスンでは気づきが多いんやなぁ。

 

そいや歌の先生を紹介してくれた鍼灸師さんが、私には言いたいことを喉で留めてしまう身体の癖があるから、だから歌のレッスンを勧めたし、見事にハマったねぇ的なことをおっしゃってましたよ。(余談)

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で、こないだ歌のレッスン中に録った音源を聴き返してたら、改めてイメージワーク前とイメージワーク後の声が全然違うからびっくりしました。特に歌い出しのあたり。

 

めっちゃ恥ずかしいけど、勇気出してここに貼り付けてみるので、もし良かったら聴いてみてください。

私的にはビフォーアフター全然違うけど、他の人が聴いてもそうなの?もし良かったら「全然ちゃうな!」とか「そんなに変わらんやん!」とか感想聞かせてyo!

 

手嶌葵さんの「明日への手紙」です。福岡から引っ越す前アホほどこの歌を聴いてたので、この歌を聴くと福岡の川とか風を思い出しますわぁ。

 

〈ビフォー〉 


明日への手紙 イメージワーク前

 

 〈アフター〉


明日への手紙 イメージワーク後

 

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どうでしょうか?

ビフォーの声は、なんか「ドヤ感」があるんですよねぇ。言い換えるなら、「歌ってる」。音程とか歌詞とかリズムとかいろんなことを気にしながら「歌ってる」。

アフターの声は圧倒的に力が抜けてるんです。歌ってるけど、どこか歌ってない。いいなぁ。

たった1回のレッスンで、かつ発声練習とか皆無で、イメージワークしながら歌うだけで、声がこんだけ変わるってすごい。

 

とはいえね。

1回で声は変わるけど、1回きりだったらそれが定着するまではいかないんですよねぇ。これは何でもそうでしょう。その感覚を身体に定着させるためには、反復練習が必要で。

 

今このイメージワークをしてもこのようには歌えないんよなぁと、残念に思ってたんですけど。

でも、この音源を聴いてから歌ったら何だか楽に歌える感覚があるんですよ。きっと聴くことでこの時の体感を思い出せるのでしょう。この音源は宝物にしますわ。

 

そして、なぜ今、歌のレッスンについて書いてるのかというと、もうすぐ先生のレッスンを受けにいく予定でね(in TOKYO)、楽しみでワクワクしてるからなんです。

 

東京の方が近いのなぁ。改めて福岡遠いなぁ。って寂しくなったりしてます。そんな日々。 

 

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愛知の海。カマゴオリ!

  

肝っ玉オカン道は続く。

ガス台の使い方から風呂敷を広げてるで

こんにちは。

 

新しいお家に来て、あっという間。もうひと月半くらい経ってます。 

カーテンはまだ整っておりません。とりあえず事足りてるので、好みのカーテンとの出会い待ち♡(これ何回書くのか?)

部屋を使ってみるうちに、収納のやり方を変えたくなって来たので、新たに家具が必要になって来ました。

そしたら、先に用意した家具が早速要らなくなってる!買ったとこなのにぃ〜と効率悪いことをしてしまった事に胸苦しくなりましたが。「ま、それはしゃあないか」の範囲なのですけどね。

もっともっと使いやすく、そして快適に過ごせるようになりますように。

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kimottamamama.hatenablog.com

 ↑ここに書いた、ガス台のことを書こうと思ってたんだわ!(ガス台の使い方が前の家と違うから、無意識に使えるようになるまでには、めっちゃエネルギー消耗するわ的な事を書いていたんです)

 

それがある日ですね。

ガス口の並びと、スイッチの並びが同じ!ということに気がつきまして。それからは劇的に進みました。

今ではもう、すっかり使えるようになりましたよ(だいたい3〜4週間くらいで間違えずに使えるようになってたyo!) 

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んでね、どういうプロセスで使えるようになっていくのかを、そこはかとなく観察してたんです。そしたら、下の4つのプロセスを経ることが分かりましたよ。

 

①火をつけ間違うことすら意識してない期

②今まで通り使うと間違うことには気がついている、だから根性で間違わないようにする期

③(ガス口とスイッチの並びが同じという)ルールを発見する!

④間違って使うが、ルールを思い出して、やり直す期

そして、無意識にできるようになる〜ルルル🎶

 

「ガス台の使い方」なんて、くだらないことではありますが、無意識でやってきたことを意識化して、また無意識にできるようになるまでのプロセスって、心のこととか身体の使い方とかにも共通するのではないのか?と思いながら観察してたので、とても面白い時間でした。

 

で、上の4つのプロセスの中で1番苦しかったのは、②のプロセスなんですよ。

①のプロセスを経て、「もう間違えないぞ!」とか気張ってしまってるんです。

だから、火をつける時に「今まで通りやると間違うんだぞー!考えろー考えろー、考えて変えて行くんだぞー」という感じで、力みながらガス台と向き合ってました。それがもぅ、根性論的なムードなんですよ。でもその時は、何かを変えたい時はこうやって集中して向き合う、頭で一生懸命考えて、行動を変える必要があるなのかもなぁと思ってました。

 

でも、ルールに気がついてしまってから、圧倒的に気楽になりました。

間違っても、あ!違う違う。ガス口とスイッチの並びが同じだったんだ〜♡とすぐ原点に戻れる。

 

ルールに気がつくと、暗闇に街灯がたった感じになるんですよ。何も見えない暗闇を恐る恐る闇雲に進まなくて良くなる。

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これ、なんでも応用できるよねぇ。

 

kimottamamama.hatenablog.com

 

↑これで言うなら、

①なんとなく世界は怖いと思いながら生きる期

②その怖さは「世界は私をジャッジしている」という思い込みがあることを知りどうにかしたいと思う期

③世界をジャッジしてるのは私だったと気がつく→ジャッジをやめてしまうと決める

④「私の周りの人はステキな人」ということにして生きてみる期

そして、無意識に世界に心を開いて生きられるようになる〜ルルル♪

 

おぉ!ガス台の使い方と同じやん!

心のルールに気がついた瞬間めっちゃ緩みますねぇ。急に何も怖くなくなる。

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「気づき」ってどうやってやってくるのかなぁ?それって自分でコントロールできるものなのやろうか?

 

と悶々と考えてる時ふと、この詩を思い出しました。

この詩は、私が敬愛する心理カウンセラーさんから、心理学の講座の中で教わったものです。詩を書いたのは、いつかのどこかの精神学者だったと思います。(あやふや)

 

私は通りを歩く 歩道に深い穴がある 私は落っこちる

私はどうしたらいいのか分からない
どうしようもない

これは私のせいではない
出方が分かるまで、
永遠の時間がかかる

 

私は同じ通りを歩く 歩道には深い穴がある 私はそれを見ないふりして
また落っこちる
また同じ場所にいるのが信じられない 

でもこれは私のせいではない
私の間違いではない
やはり出るのに長い時間がかかる

 

私は同じ通りを歩く 歩道に深い穴がある
それがあるのが見える
それでもわたしは落っこちる

それは私の「くせ」になっている
私の目は開いている 自分がどこにいるのかが分かる
これは私のしたことだ
私は即座に抜け出す

 

私は同じ通りを歩く 歩道には深い穴がある
私はその深い穴を避けて 新しい道を通る

清々しい通りを感じながら
周囲がよく見える、街が見える、人が見える、自分が見える

そして、新しい世界を感じ取りながら歩いていく

 

この詩を改めて読んで。

気づきがやって来るためには、「 これは私のしたことだ」が要なんじゃないかなぁって思いました。

穴に落ちる不幸を「何か」のせいにするしかない無力だった私が、穴に落ちたことも私のしたことだと認めて、自力で穴を抜け出すとき。これは、被害者意識で生きてきた「私」が、自分の人生を自分の手の内に取り戻す瞬間。(シビれるぅ〜)

被害者意識で生きてる時には、気づきってこないのかもなぁ。

 

あと、新しい世界を感じ取りながら爽快に歩く「私」には、何度も落とし穴に落ちたことが新しい世界へのスパイスになってるなぁ。

やから、落ちることも人生にはまた良しなんだと許せる力が大事なんや。

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んで、残ったパクチーの茎を刻んでフォーに入れた。

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ナンプラーパクチーも最高やなぁ。夏が来たなぁ♡ 

 

肝っ玉オカン道は続く。 

ジャッジしてたのは私だったのか

こんにちは。

 

kimottamamama.hatenablog.com

 

これの続き。

「世界はいつも私をジャッジしてくる」っていう前提ね。なんでそんな思い込みを身につけたのかは、生育過程でまぁ色々あるんでしょうね。

 

でも結局、「世界はこうだ」と思うわけは、私が世界をどう見ているか?なんよね。てことは、私が世界をジャッジしている?と、ふと思ったんです。

でもその時は「そんなわけない」と思ったんですよ。私は人を見た目で判断しないし、人の見えないところに興味を持てる、人の奥深さを味わえる人間だと。

 

でもそれ。ドえらい勘違いでした!!!ごめんなさい、今まで人をジャッジする奴と、私が心の中で軽蔑した方々。

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それがね。

こないだ幼稚園の保護者総会みたいなものがあり、山盛りのお母様方が一堂に会したんですよ。

前にずらっと並ぶ役員のお母様方を左から順に眺めながら、心の声が聞こえてきたんですよ。

 

あの人声小さい。何歳やろ?ダサいな。感じ悪い。あ、あの人おしゃれ。声小さい。髪なんとかしたらええのに。ダサい。感じいい。かわいい。あの人なら喋ってみたい。地味やな。影薄いな。何歳?

 

的なね。人を見た目でジャッジしまくってる、私の心の声が、大音響で響いてきたんですよ。

その声に産まれて初めて気がついて、椅子から転げ落ちるかと思いました。。。(三枝師匠にも負けないぞ!)

 

もぅね、ビビビビりまくりました。私って、私って!!こんなに他人のことジャッジしてるのー????

もう、あの衝撃を文章にしきれない自分の拙さが悔しいですが、

「世界をジャッジしてたのは、私だったーーーーーーー!」と、世界の中心で叫びたい衝動に駆られました。

 

そしたら、めっちゃ力抜けましたよ。

なーんや、そうやったのか!それなら、私がジャッジするのをやめたらいいだけやん!

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とはいえ、ジャッジしまくる私の声はすぐには消えませんyo。

でも、気がついたあの日から、事あるごとにその声が聞こえてくるようになりました。今までBGMだった音楽が、しっかりとした音量で流れ出した感じです。

今は、それだけでも充分。

 

で、余裕があれば、気がついた時に「ということにしてみる作戦」を。

「世界は私をジャッジしてくる」→「私の周りの人はステキな人」ということにしてみる。そしたら、そういう経験が出てくるわけですよ。

 

こないだは集まりがあって、くじ引きで席を決めたんです。私、今までそういう時って「ハズレ」引いた感覚がそこはかとなくいつもあって。(どんだけ周りの人に失礼なんだ!)その時も最初はその感覚があったんです。でも、「私の周りはステキな人」ということにしてみました。

そしたら、めっちゃ楽しい時間でした!話に花が咲きましたyo!

 

ま、こんなことを地味に続けていこうと最近は思っております。こちらからは以上です。

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こないだスーパーでパクチー見つけまして。パクチーが売ってるだけで、「めっちゃええスーパーやん!」って思える不思議。山盛りのパクチーを、キウイと一緒にサラダにするのが至福です。

 

肝っ玉オカン道は続く。