肝っ玉オカン道

私が私の肝っ玉オカンになって私を育てていく記録

フレディの人生に重ねてみる

ついに待ちに待ったこれ、観てきましたyo!

ボヘミアン・ラプソディー

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以下、ネタバレ的なもの含むかもしれませんので、悪しからず。

あ、ひとつだけ言わせて♡

この映画観る前に、町山智浩さんの解説聴いてから行って!この映画を数倍素敵に補完してくれるから。(余計なお世話!)

 


町山智浩 たまむすび 伝説のバンド・クイーンのフレディ・マーキュリーを主演にした映画「ボヘミアン・ラプソディ」 編集:君島広樹

 

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素晴らしすぎる音楽を山ほど作ったフレディ。

その最たる才能は、「自分のコンプレックスと向き合う力」、そして「どうしようもない苦しい人生を表現という形にする力」やったんじゃないかと思いましたよ。フレディの場合はそれがたまたま音楽やっただけで。

 

「自分を表現する」ことを渇望し、自問自答しながらひたむきに自分と向き合い続けたフレディ。その、表現を希求し続ける熱量に胸が熱くなりました。

ボヘミアンラプソディーを作る過程で、心の内を歌に乗せながら、自分の本音に気がつくフレディの姿。

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孤独と退屈と不足感に囚われて、生き急いだフレディ。

自分を見失うこともあったけど、結局、自分の表現に1番救われていたのは、フレディ自身やったんやな。そしてそれは、世界中の人を救いもした。泣くー。

 

だけど、フレディは孤独のどん底のある時、自分がすでに存分に愛されていたことに気がつくんですよ。そして人を愛する自分にも。

 

最後にフレディが自分らしく生きられる場所として選んだのは、家族の元やった(フレディはバンドメンバーを家族のように思ってた)。

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フレディに私を重ねるなんて、おごがましいしエキセントリックすぎるけどさ。このほだされた感覚はなんなんだ?と思って。

自分を活かして、自分を表現して生きたいという私の中の願いがフレディにそれでいいんやと導かれたような気がします。

あれほどまでに自分を表現することを渇望してもいいし、ひたむきに向き合ってもいい。信じて待っていい。今できることをやりながら、退屈で孤独でも、それでも「私じゃないとあかんやん」な表現を求め続けたい。(あー、なんか大げさで恥ずかしくなってきた😅)

 

あとね。やっぱり「家族」という安心できる場所があっての表現なんやと思った。そのためには、愛されていることに気がつくこと。愛していることを思い出すこと。

 

フレディ。。。

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映画の感想としては、フレディがコンプレックスをどう形に変えてきたのかとか、死とどう向き合ったのかっていうのをもう少しきめ細やかに観たかったなぁ。

でも、映画館の良質な音響で聴くクイーンの名曲の数々は、身体も心も震えまくりましたyo!充分過ぎる以上に1800円以上の価値のある映画でした。観終わった瞬間にもう一度観たいと思ったし、あと5回くらいは映画館で観たい。(しかもIMAXシアターで観たい!そしてドルビーアトモスで観たい!各バージョンで観る!)

それにしても役者さん、フレディにしか見えなかったわ。LIVE AIDなんか、完コピ。ホンマすごいわ。

 

とりあえず昨日の今日の感想は以上!(さて、フレディと何回言ったでしょうか。)

 

④自分を活かせる経験は必ず私の人生にやってくる

こちらの続き。

kimottamamama.hatenablog.com

 

私ね、QUEENめっちゃ好きなんです。中学、高校の時は、ほぼ毎日聴いてました。歌詞英語やし(当たり前や)、歌えないのに、心が痺れて涙が出てくる。歌詞知らんでも泣けるって、歌ってすごいなぁと思いました。

 

そのQUEENのボーカル、フレディマーキュリーの伝記映画が来月上映されるということで、大好きな町山智浩さんの映画評論をラジオで聴いていました。(大好きなQUEEN町山智浩さんの大好き二乗の幸福感たるや♡)

それで、フレディの人生にちょっと興味が出て、調べてたんです。

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(ここからが本題)

フレディって、ラジオに流れる音楽を1回聞いただけで、ピアノで再現できる子供やったそうです。音楽やアートに関して特別秀でた才能があったらしくてね、その時ふと疑問がわきました。

 

(疑問)

フレディは、音楽の才能があって、しかもピアノを習う機会があったからこそ才能が表に出たけど。

ほんまは才能を持っていても、それを表出させるような機会が無くて、それこそ本人すらも才能に気がつかずに人生を終えてゆく人も多いのではないか?ならば、どうしたら子供達の才能を表出させられるような経験を与えてあげることができるのだろう?

 

 

でも瞬間的にその答えが浮かびました。

(答え)

いや、人は必ず自分の人生に必要な経験を過不足なくするはず。それならば、才能を表出する経験は必ず人生にやってくる。幼い頃に可能性を見つけないと大成しないなんていうのは妄想。それがいつなのかは分からないけど、適切なタイミングが必ずあり、それは遅すぎることも早すぎることもない。ベストでやってくる。そのために何もできることはない。安心して待っていていいし、日常を丁寧に過ごすことが大事。

 

この答えがズバババと私の中に落ちてきて、我に拍手を送りました。

なんて安心できる世界観なんだろうか。私さま、こんなことを思えるまでに人生を信頼できるようになってたのなぁ。

私は安心して子供達と接していればいいし、当たり前の日常を送ることがやっぱり大事なんや。

 

そもそも、親が子供の才能を見出すために何かしらの経験や機会を与えてあげる、という考え自体が傲慢極まりないのではないか。

その子が、その時に興味のあることや必要なことを経験している姿に心を向け、見守るしかできないのではないか。

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これはつまり、子供達の才能をどう見つけていけばいいのか?っていう話じゃなくて、「私じゃないとあかんやん」が見つからないと腐ってる私の話なんだよね。

 

「いずれ仕事にできるかもしれない」と密かに思いながら取り組むあれやこれやって、いい高校いい大学いい会社に入るために、求めてもいない子に早期英才教育を始める親くらいサムイのでないのだろうか。

 

私のパターンは、最初はただ興味があって始めたことなんだけど、「仕事」になるほど突き詰めたり行動する情熱が湧かなくて、結局何をやっても形にできない私はダメだなぁと自責する。この繰り返しやった気がします。家にいろんなテキストや本、道具、小物パーツや布、そんなものが山ほどあった。(今はだいぶ整理したで)

 

これは、いい大学いい会社に入れたくて早期英才教育を始めたものの、その結果が見れず、山ほどある教材を前に「この子がバカだったからダメなんだ」と言ってる親みたいなもんなんじゃないのか?

 

つまり私は、「仕事にする」ということだけを良しとして、それじゃないと許せない!てな感じで私をジャッジしていたのかも知れないyo!

 

ただ興味があって取り組んだあれやこれや、日常の中での工夫や創意、人とのコミュニケーション、こうやってブログを書いてることですら、私の身となり血となり、私を形作ってるんだろう。

そして私を活かせる経験は必ず私の人生にやってくるんだから。安心して待ちながら日常を丁寧に過ごしたいと思ったのであります。

 

さて、日常を丁寧に過ごすとは?

つづく。

③生まれて初めての疾走感

こちらの続き。

kimottamamama.hatenablog.com

 

 おじいちゃんの手についてセッションを終えた翌日、こんな夢を見ました。

 

ただ駅まで走ってるっていうだけのシーンなんですけど、とにかく一歩一歩がぐんぐんぐんぐん進むんです。

風を切って、髪の毛なびかせて、周りの人にまで風を吹かすほど走れる!しかもパンプスなのに。

途中で片足のパンプス脱げて足に引っかかった状態になったんですけど、そしたらもう片方の足でケンケンしながらまた進む!進む!

もう疾走感のかたまり。「人間疾走感、泰子」

 

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なーんや夢かよ!って話かもしれないんですけど、私にとっては、感動体験でした。

今まで夢の中で走ってる時は、走りたいのに・走らなくちゃいけないのに、足が絡まって走れない、進まない。というシーンばっかりやったんです。

だから、朝起きて、生まれて初めての疾走感に胸がドキドキしていました。

 

もしかしたら、自由に前に進めるときってこんな感覚なのかもなぁ。

走ったら、その分ちゃんと進んで。ぐんぐん進んでよくて、例えば靴が脱げても片足ケンケンでも進めばよくて。風を切って、周りの人のスピードなんてどうでもよくて、とにかくとにかくあーんなに気持ちがいいのかもなぁー。

 

夢だったけど、感覚がバッチリ残ってるから、きっとこれは私の中にすでにあった感覚だったんやろう。

胸の辺りを引き止める手を気にして、押さえ込んでたかもしれないけど、もうあの清々しい感覚を知ってしまったんだ、私。これからどうなっていくんだろう。

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先の記事で書いたカウンセラーさんと出会ってから、気がついたらもう10年。

気持ちを整理したいときに話を聴いてもらい、自分の中にあるものを導き出すお手伝いをしてもらってるという感じです。

友達でもなかなか10年来の付き合いってないのに、もちろんながら心の深くまで開示するお付き合い、こんなに長きにわたりお付き合いできる関係というのは、もしかしたらなかなか出会えるご縁ではないのかもなぁ。私は恵まれてると思う。

 

たまに話の流れでカウンセリングでの話をしたりすると、ギョっとされることとかも未だにあったりして、あんまり言ったりここにも書いたりすることは無かったんやけど。

私は、プロに頼って定期的に心身のメンテナンスをすることを、とても大事に思ってます。そして大好きな時間だったりする。(名古屋ではまだ身体のプロが見つかってないけど、そのうち出会えるかな。)

 

余談ですけど、夢の話をするたびに、スキマスイッチの「君の話」っていう歌が頭を流れます。

〜昨日見た夢の話など興味ない退屈さ 回りくどい君の話し方ならなおさらさ〜


スキマスイッチ / 君の話

 

つづく。

②私を引き止める手

こちらの続き。

kimottamamama.hatenablog.com

 

私には、人と深い対話ができたり、自分の思ってることが言えたり、現実世界で認められたり、好きな人から好かれたり、チャンスがやって来たりなどの、なんせ「嬉しい〜🎶」と舞い上がりたいような時に、自分の胸をガシッと引き止められる感覚があって。

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その手はまるで、「浮かれるな!」「調子に乗るな!」「期待をするな!」と言わんばかりなんですよ。

そして、その感覚に引きずり込まれて、ディープな自己反省(いや、自責)の時間を延々と過ごし、次はもっと控えめに過ごそうと決心するというパターンがありました。

 

裏にはどうやら、「自由になってはいけない。自由に表現してはいけない。」がありそうだなぁとは思ってたけど。

 

そこで、カウンセリングの時に私を引き止める「その手」についてフォーカシングしてもらいました。(カウンセラーさんが、「その手」に語りかけ対話しながら、私がその象徴をどう認知してるかを明らかにしていく療法です。)

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なんと「その手」は、おじいちゃんの手でした。

2歳の頃から私の胸の辺りで私を引き止めていたその手は、「道に飛び出さないように」という、私を心配して引き止めたものやったんです。(私はてっきり、別の人から抑圧された経験の中で植えつけた感覚だと思ってたんです。)

まさか、あの大好きな大好きなおじいちゃんだったとは。

 

おじいちゃんはよく、幼い私の世話をしてくれていたそうです。写真には、私とおじいちゃんのツーショットがたくさん残されてます。

私はおじいちゃんっ子で、おじいちゃんはいつも大きな手で私の頭を撫でてくれました。

背が高くて、年を取っても格好よくって、幼稚園によくお迎えに来てくれて、手を繋いで帰りました。

照れ屋で、ジョークが好きで、いつも慌てて出かけて行きました。そういう時「おじいちゃんどこ行くの?」と聞くと、「ニューヨーク行ってくる」と言うのがおじいちゃんの定番でね。

 

私は、幼稚園や土曜の小学校終わりによくおじいちゃんと一緒に過ごし、と言ってもおじいちゃんの観てるテレビはつまらなくて、私は私で1人シルバニアで遊んだり、工作をしたり。

たまにおじいちゃんに漢字を教わったり、ふとおじいちゃんの戦争体験の話を聞いたり、おじいちゃんが好きな宗次郎のオカリナのCDを「かけてくれー」と言われ、それを聴きながら退屈だなぁと思って過ごしてました。

それでもおじいちゃんはいつも私の居場所で、大好きだった。

 

おじいちゃんは、道で心臓発作で倒れて病院に担ぎ込まれ、それから数日で亡くなりました。私はその頃小学生で、管に繋がれたおじいちゃんを見せるのはショッキングだろうという両親の計らいで、病院に行くことはできませんでした。

帰ってきたおじいちゃんはもう冷たくて、私は何が何やら分からなくて、泣くこともできなくて。いとこが泣いているのを冷めた目で見ていました。

 

それから15年以上経った、結婚を控えた頃。寝ても覚めてもおじいちゃんのことばかり思い出して泣けてくることがあってね。その時に初めて、私はおじいちゃんときちんとお別れをしたかったし、できてなかったんだと知りました。

私が大きくなってから聞かされたおじいちゃんの人間的ないろいろは、決して私がおじいちゃんを嫌いになる理由にはなりませんでした。それも含めておじいちゃんの存在を私は大好きやった。こんなにおじいちゃんを慕っていたなんて、気づいてなかったよ。

 

それから時折私の中に出てきてくれるおじいちゃんは、いつも私を優しく見守ってくれている存在として出てきてくれます。だから分かるんです。

「その手」は決して私を制限したり抑圧したりするものではない、私の身を案じて出した、愛の手やったんやって。幼い私が、勝手にそれを「制限」として印象付けてしまっただけ。

おじいちゃん、長い間勘違いしてしまってたよ。

 

だから「その手」には、いつでも私を褒めて頭を撫で、不安な時には腕をさすり、前に進みたい時には背中を押してくれる「手」に変えて、私の中に残ってもらいました。

これで、いつでもおじいちゃんが、自由になる私のそばにいて、応援してくれるだろうから。

 

つづく。

①どうせ私なんて、なんてな

どうせ私なんて、好きなことを仕事になんて、できるわけがないよ。

どうせ私なんて、時間を切り売りしながら我慢をすることでしかお金をもらえるわけないし。

どうせ私なんて、やりがい感じながら仕事をするなんて、できるわけないやん。

どうせ私なんて、家に縛られて不機嫌なお母さんをしているのが身の丈に合ってるんだ。。。

 

どうやら私、そんな風に思ってたらしい。強大な無価値観に心が押しつぶされて、瀕死の状態でしたyo!

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専業主婦になって7年。もうずーっと、身動き取れない感覚でね。

仕事をしながら子育てしてる人には劣等感を感じ、好きなことを仕事にしてる人や遊ぶように働いてる人には嫉妬し、そして私には無理だと嘆いていました。

でも、私こんなことしてちゃダメだと、早く、早く私にできる仕事はないのか?そんなことばかりが頭を占めて、何から手をつけたらいいのか分からない。

 

かといって20代の頃、会社員やその後派遣で働いていた時に、組織で働くの辛い。と思ってた。意義の感じられないこと、意味不明のしきたり、思考停止しないとできない作業、まぁ偉そうな言い方をすれば「私じゃなくてもいいやん!」に耐えられなかった。

 

だから、「私じゃないとあかんやん!」を見つけたかったんです。

それで学んだり模索したりして、それでもやっぱりこれぞ!っていう何かは見つからない。

 

来年春からちょっとずつ時間が出来そうなので、とりあえずバイトでも契約でも何でもいいから社会生活を始めてみたいと思ってね、ジョブサーチ的なものを見ていたら、先の「どうせ私なんて」に押しつぶされて、体調を崩しましたわ。

 

でもこれは、仕事に限った話じゃない。私の中に脈々と続いている無価値観なんだよなぁ、と思いました。

漫然とあった無価値観が、この時はっきり表出して手に届くところにある!

そこで、10年来お世話になってるカウンセラーさんの予約を入れました。

 

つづく。

肝っ玉オカン道って何やねん!

TOP画像を変えましたー。

最近イラスト描きたい欲求が湧いてきてて、「あぁ、この感じイラストにしたい」的瞬間が多くて、それを考えているときはとても楽しい。

とはいえ私、絵についてはなかなかのコンプレックス持ちで、サラサラ〜と絵にできる人に対する憧れが昔からとても強い人でして。ここに載せてるイラストも、WEBで検索したイラストをアレンジしたり、何度も練習して書いたりしてます。

最近文章書くよりイラストの練習をして、ブログに載せることをイメージする時間の方が楽しかったりしているのです。

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そもそも、なんで「肝っ玉オカン道」というブログタイトルなのか?というとですね。

 

私の中に「肝っ玉オカン」的存在を育てたいと思ったから。

私が私の最大の理解者で、私が私の最大の味方でありたい。そして、私を寛容に見守れるようになりたい。つまり、私が私の肝っ玉オカンでありたいと思ったことが始まりです。

 

そういうわけで、肝っ玉オカン道場に入門して、ただいま白帯ながら励んでる様子をブログに記録しているわけです。

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でも最近、この「肝っ玉オカン」っていうワードがなんとなくフィットしなくなってきたなぁと思ってまして。

なんかええ感じのワード湧いてこないかなぁ〜♡

 

修行は続く。

今の言葉なのだろうか

こないだのこと。

私が自分の考えを人に話しながら、薄ぼんやりとした違和感があって。後から振り返ると、その考えはすでに賞味期限が切れてた!と思い至りましてね。

 

こういう事って、意外としてるんじゃ無いかなぁと思いました。過去に思ったことを、今思ってることかのように何も考えずに口から発してること。

これってさ。悪意は無いし、全く意図してないけどある意味、今の私に嘘をつかせてることになるやんかー。

 

冷蔵庫の中にあるものを寄せ集めて、いわゆる「あり合わせ料理」的な会話じゃなくてさ。

本当に食べたいものをスーパーに買いに行って調理して食べるような会話がしたいなぁ。

 

常に変化してる自分の中にある考えや気持ちを丁寧に感じながら、その「今」に合った言葉を使えるようになれば、きっと会話することがすごく楽しいのではないのかなぁ。

 

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(あり合わせでも、たまにミラクルヒットな時があるけどなー♡)