肝っ玉オカン道

いいオカンじゃなくて、幸せなオカンでありたいのだ。

ちっぽけな私の本音を胸に

ここのところ、ゾロ目ばーっかり見ます。
なんか知らんけど、そういう時ってええ時らしいですよ。

 

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先日、人生の1本に入る素晴らしい映画に出会いました。

 

恋はデジャブ

 恋はデジャ・ブ [DVD]

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邦題がダサすぎて観る気がしなかったんですけどね。

敬愛する映画評論家の町山智浩さんが、ルーパーの解説の時に話題にされてまして。(ルーパーも秀作でしたよ)

 

 

タイトルはさておき、「恋はデジャブ」は今、私が観るべき映画でした。
 
※以下、完全にネタバレ含みます。映画を観たい方はお控えください。 


〈概要〉

小さな田舎町の祭りを取材に訪れた気象予報士が、何度目覚めても同じ日を繰り返すという超常現象の中に入り込む。
抜け出せないループの中で、彼は自分の生き方を見つめ直していく。
1993年公開のアメリカ映画。


主人公のウィルは、他人のことも自分のことも本当の意味で受け容れられず、舐めて人生を過ごしてるんですよ。

そんな彼が、今まで嫌悪してた雪深い田舎町に閉じ込められるんです。もう地獄!絶望!

 

でもある日を境に、人生に真正面から向き合うようになるんですよ。

そのきっかけになったのは、彼の中にある、ちっぽけな彼の本音を受け容れたこと。

カッコつけで自意識過剰な彼が、今まで向き合ってこなかった、自分の本当の願いに気がついた時、目の前の退屈な日々を前を向いて歩き始めました。

人生の在り方を問い始めたウィルは、そこから気がつけば全くの別人になっていてね。

 

恐ろしく感動しました。

退屈な日常をどう過ごすか、その、ある意味答えのような映画でした。

 

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子供と過ごす毎日の中で、自分の事が何も進んでないように感じて、満足感や達成感のない日常の繰り返し。

退屈したり鬱屈したり、「いつか」と今を逃げるように過ごしてみても、結局不足と不満しか残らなくて。

それで、目の前の日常を恨めしく思っていたりして、自由を叫んでみてもね。

 

本音を言うのは恥ずかしくて、大きな声では言えなかったけど、

私、やっぱりもっともっといいお母さんになりたい。

そして、もっと自分の感性を発揮して生きていきたい。

少しでもより善き人生を歩きたくて。もっと自分の命を使って自分を表現して生きたくて。

 

自分の鬱屈さを、状況や他者のせいにしてうだうだ生きていくなんて嫌だ!

それには結局、「今」を過ごすしかないのよ。

やっぱり私の自由は、私の日常の中にしかないのよ。

 

輝かしい未来を夢想する事も、つまらない過去を清算する必要も無くて。
ただ、自らがどう在りたいのかを問いながら、目の前の日常で出来ることを少しづつ進んでいく。それこそが「今」なんだと思う。

 

何も変わってなくて、何も進んで無いように思うかも知れないけれど、

気がつけばきっと、ウィルのように全くの別人になってしまってるよね。

 

そして私は、日常を諦めないし。私のちっぽけな願いを、それでも強かに願い続けようと思えた。

 

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この映画は、ニーチェの「永劫回帰」という概念を下敷きにしてるらしいですわ 。(町山智浩氏 談)

 

しかし、この真に迫ったストーリーを、SFとラブコメに仕立てた監督ってスゴイや!

でも、大事なことって、やっぱりユーモアが必要やなぁ。

 

いい映画に出会えて、本当に幸せ。

 

【町山智浩のアメリカ映画特電】~恋はデジャ・ブ~

 

 

肝っ玉オカン道は続く。