肝っ玉オカン道

私が私の肝っ玉オカンになって私を育てていく記録

ひがんでた、愛しきわたし

このひと月、ふた月はなんだかとても濃厚で、上がったり下がったりしてました。

特に九月入ってからは、強烈な孤独感に囚われていて、

そのお陰で映画を観まくって、人生の一本に出会えたり(また記事にします)、

本棚整理して「俺はまだ本気出してないだけ」を再読して泣き腫らしたり(読みたい人貸すよ)、

友達の何気ない一言がめちゃくちゃ刺さりまくって、それを受けとる私の感性っていいなぁって思ったり、

今まで避けていたはずの孤独って、実は豊かだなぁと思ったりして。

とにかく孤独という名の自己完結な遊びに浸っていました。(そこそこ鬱屈とはしてた)

 

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ピノ子のお土産のどんぐり

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私ね、ひがんでたんですよ。

毎度お馴染み、「輪に入れないコンプレックス」が作動していました。

 

輪に入れてる(ようにみえる)人の言葉にすごく苛立ってた。

 

いつも人が集まって人に囲まれて幸せそうなあなたが、こんなに孤独な私に言いたいことだけ言って、それは優しさという名の正義だよ、私にとっては攻撃だよ。

 

と、思ってました。

んで、関わらないようにしたり、避けたりして、余計心をチクチクしてたんやけど。

 

私、羨ましくて、ひがんでたんだわ!

って気がついたら、めちゃくちゃ楽になった。

それまでこだわっていた色々が、腰抜かす程、どーーでも良くなった。

 

んで、ひがんでいたなんて、

私はなんてカッコ悪くて、

そしてなんて可愛い奴なんだぁぁぁぁ〜

と、愛しさが溢れ出てきました。

 

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この気づきの少し前、

お友達でタロット読みの川澄さや花ちゃん(a life with the tarot)がタロットを読んでくれたんですよ。

 

ソードの⑩

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さや花ちゃんがこれ見て、

「やっちゃん、それめっちゃ痛い!痛い!って言ってるよ。今すごく傷ついてるよ。その気持ちをまずは認めてあげて。やっちゃん充分頑張ってるよ。」

 

と。それがやたらと響いてね。

 
胸がチクチクして、いつまでも気になってる、繊細すぎる自分を心のどこかで責めていたから、余計傷だらけになっちゃってたわ。 

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ただ、悲しかったみたい。
ただ、寂しかったみたい。
ただ、羨ましかったみたい。
 
ただただ傷ついていた私を、最初に認めてあげれば良かったよ。

 

拗らせてる時は大概、私の中の何かを否定してる時。

 

それが何なのか分かるまでには、時には少し時間がかかるけど、
 
自分の中にあるもう要らないルールに気がついたり、古い傷を見つめたり、自分の行いを反省したり、他者を見て自己を客観視したり。

 

一生懸命前に進もうともがきながら、それは濃密な自分と向き合う時間だったから、

それはそれで良かったとしよう。

 

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最後に、今ちょうど響きすぎている茨木のり子さんの詩を忘備で。

愚かで愛しき私へ。

 

自分の感受性くらい

 

ぱさぱさに乾いてゆく心を

ひとのせいにはするな

みずから水やりを怠っておいて

 

気難しくなってきたのを

友人のせいにはするな

しなやかさを失ったのはどちらなのか


苛立つのを 近親のせいにはするな

なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを 暮らしのせいにはするな

そもそもが ひよわな志しにすぎなかった


駄目なことの一切を

時代のせいにはするな

わずかに光る尊厳の放棄


自分の感受性くらい 自分で守れ

ばかものよ

 

肝っ玉オカン道は続く

静かに感動した日

こんにちは。

 運動会でした。

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かねてより喫茶エンゼルさん(喫茶エンゼル - 喫茶・無添加のお弁当・ワークショップ≪別府

の美しいオードブルに見とれてて。マネして甘くないブラマンジェ入れました。(しかし子供ら食べへんかった。美味しかったんやけどなぁ)

 

そして、この量やと足らへんかったー。

余ってしゃあないなぁ、くらいの山盛りのお弁当の方が好き。

やから、来年はもっと詰めるぞ!(来年はもっとたくさんの人に食べてもらいたい!)

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いやぁ、ピノ子ちゃん。

かけっこ、最後まで走り抜けましたよ。

(脳内BGMが、確実に「負けないで」やったよねぇ)

 

この1ヶ月、運動会のかけっこが嫌で嫌で仕方なくて、登園すら嫌になって、憂鬱な日々でした。

 

「ちゃんとできないから嫌なの」というピノ子に、「1番になれなくても、速く走れなくても良いんやで」と慰めても上滑りする感じがあって。

かけっこの練習に付き合ったり、とにかく今日も1日よく頑張ったねと抱きしめたりするぐらいしかできなくてね。

 

苦悩するピノ子を見ながら、運動会に出ない選択もある。かけっこだけ出ない選択もある。

やけど、走り切った達成感を経験して欲しいとも思う。それを奪ってしまいたくないと思う。

 

運動会の意義を何か伝えてあげられたらいいけど、正直私も運動会の意義なんて分からん。

というか、無くて全然いいと思ってるし、実は。

 

だから、私も苦しかったんですよね。

ピノ子にどう伝えてあげたらいいのか。どう向き合えばいいのか。

 

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だけどある日、先生に手を引かれ、「行けない〜」と泣きながらそれでも歩を進めるピノ子を見て、静かに、そして強く感動をしました。

 

去年は肌を荒らしたり毎晩おねしょをしたりでしか表現出来なかったピノ子が、

今年はちゃんと自分の口で「行けない」と言えて、理解して応援してくれる先生やお友達が周りにいる。

そして「行けない」と言いながらも行くピノ子。

 

なんて強くて豊かな子なんだろう。

生きる力はもう既に充分すぎる位持ってるんやなぁ。

 

そう気がついて、

どういう経験でもピノ子にとっては最高の経験だと、

やっぱり私には見守る事しか出来ないんやと心しました。

 

苦手なかけっこに出ないことは達成感を奪ってしまうんじゃないか?なんて、親のエゴやったわ。

出ても出なくても、最後まで走れても、走れなくても、何にしてもピノ子の瑞々しい経験。

 

だから、私はあなたがどんな顔してても大好きとしか言えないし、それだけは言いたい。

 

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結果。

最初いい感じで走ってたんですが、スタートやり直しになって。周りの子達はすぐ戻ったけど、娘はそれに気がつかない位まっすぐ前だけ見て走ってた。すごい集中力でした。

半ばまで走って、呼びに行った先生にやっと気がついて戻った頃には、集中も切れてて。

 

次にスタートしたら周りの子達がどんどん先に行って、最後は泣きベソかきながらゴールして。

それでもとにかく最後まで走った娘。先生がゴールで抱きしめて頑張ったねーって言ってくれて。

 

私には泣くしか出来なかったよ。

ありがとう、そんな姿を見せてくれて。

 

半ばで、先行く子達を見ながらどんどん顔を曇らせるピノ子を見て、あーそれ、私も分かるなぁ。言葉にするなら、惨めな感じとか、焦燥感とか。

切なくて苦しくて、だけど、最後まで走ったピノ子。

ありがとう、そんな姿を見せてくれて。

 

 

終わった頃には、運動会の意義なんてどうでも良くなってました。

どんな体験も、ピノ子の、私の、私達の瑞々しい経験やから。 

 

この1ヶ月、苦悩のピノ子と一緒に過ごせて、オカンは幸せやったよー!

 

肝っ玉オカン道は続く。

罪悪感の幻肢痛、ウソでした

前に書いた記事。

罪悪感の幻肢痛 - 肝っ玉オカン道

 

子供を人に預ける罪悪感は、とっくの昔に解消してました〜!幻肢痛でした!

的なことを書いたのですが。
それが。

 

ぜーーーんぜん、幻ではありませんでしたっ!イキってました、すいません。

 

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先日。
ファミリーサポートを利用してみようと思ってセンターに連絡したんです。
(ファミリーサポートとは、地域の中で子供を「預かりたい人」と「預けたい人」が互いに登録してマッチングを行うサービスです。有償です。)

登録だけはしてたけど利用はしてなくて、ふと思い立ったんです。

 

条件とかをいろいろ聞かれた後、「お母さん、お仕事始められるんですか?それか、通院とか何かですか?」と聞かれました。

 

センターの人はただの状況確認で聞いただけやと思います。

でもここで私の脳内変換。

「仕事もしてない専業主婦が子供預けたいってワガママが許されるわけないでしょ?病気ならしゃあないけど、大事な子供を預けるだけの大義があるんでしょうねー?」

と、言われている気がしたわけです。
と同時に、甘えた人間だ!と、責められている気がした私。


後日、センターに紙をもらいに行く用事があって向かったんですが、その道中が苦痛で苦痛で仕方ない。はなから、責められてるような気がしてるわけやから。


大義なく、子供を預けて自分の時間が欲しいだけ。ただ1人っきりで昼間ゴロゴロしたいだけなんて、やっぱりワガママなんだろうか。
これは、健康な専業主婦がやるべき仕事を放棄してるってことなのだろうか。
でも、少しの自分の時間が欲しいという、ただそれだけの願いが叶わない、こんな世の中じゃ poison ♪


状態で。

世を憂うモード全開の、被害者意識丸出しで胸をざわつかせながら向かいました。おかげで2回も道を間違えました。


で。センターに着いたらまた聞かれました。

「利用する理由はどんなことですか?」

 

「いや、ちょっと。。。仕事を探したり、その為の勉強をする時間がほしくて、、、」

 

ズバリごまかしました!!!
理由ありません、ただ1人の時間が欲しくて。とは怖くて言えなかった。

 

そしたら、
「あー!そうですか!それなら良かったです。言いにくそうにされていたので、もし通院とかなら、何名か探してしっかりとした体制でサポートできるようにしたいなぁと思ってたんですよ〜」って。

 

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(やっぱりやけど)全然責められてなんかいなくて。
こんな事なら、1人の時間が欲しいと正直に言えば良かったかなぁって思いました。
そしたら何かしら、私の中に新しい風が吹いたかも知れないのに。

 

こうやって書くとよく分かるんやけど、完全に私の、一人劇場なんですよね。

 

私なんて。私なんて。私なんて。
結局、そのままの私をオッケーに出来てないだけの話。
罪悪感、劣等感。

 

自分の仕事をしてない人間は他人に甘えてはいけない。

、、、って思ってるのは何を隠そう私です。

 

ツッコミどころが山盛りやけど、怖いながら行動して、「大丈夫」を確認していくしかないのかも知れない。

 

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最近日課にしてる、労宮おむすび🍙海苔バージョン。

 

 

肝っ玉オカン道は続く

超絶頑張ってる私に②

超絶頑張ってる私に① - 肝っ玉オカン道

 

を書いて翌朝。

とんでもない自分の中のただのモヤモヤを吐き出しただけの、いわゆるう○こ状態。

別にわざわざ言うほどのもんでもないような、私頑張ってるなぁって話を書いただけで、そんなものをブログに書いてる恥ずかしさにさいなまれたりもしています。

しかし、朝起きたら久しぶりのスッキリ感があって。書くことである意味、私が私を少し救ってあげられた気がしてて。とっても清々しかったりもしているわけで。

 

そして、ここのとこ鬼のようにグズってるコボちゃんが、今日は素晴らしくご機嫌&長時間のお昼寝をしてくれました。ビバ。

 

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①ね。

多少自嘲気味に書いたとは言え、また正体不明の「完璧」のお化けにやられてるなぁと思いましたよ。

 

「やらやあかんこと」を「できてない」から、私は頑張ってるとはいえない。

ってさ、、、

それ、ホンマか?

 

じゃあどこまですれば、私の思う「完璧」で「頑張ってると言っていい」お母さん・主婦になれるのだろうか。そんなもの、あるのかな?

 

毎食手作りして、一汁三菜。野菜を中心にバランスの良いメニューを心がけて。子どもの食べないおかずはメモして、食べられるように工夫を凝らし。

掃除は毎日拭き掃除のち掃き掃除のち掃除機を朝晩。

洗濯は白物黒物を分けて、子供の体操服は丁寧に下洗い。夫のシャツ・スーツは自分で丁寧にアイロンをかけ、新しいハンカチをポケットに入れておく。季節の衣替えは少し早めに。

子どもの話にはしっかりと目を合わせ、子どもの心を受けとめ。朝夕2回の外遊び、起きてる時間はテレビに子守はさせずに、子どもの自立心を育てる道具と遊びを工夫する。

昼寝の時間は家事に勤しみ、子供のため、夫のために。自分の買い物より、家族の買い物を優先。

 

とかが、「完璧」で「頑張ってる」として認めていいラインかな?(あ!あと、嫁としての務めとか入れたらまだまだあと1000字は必要です。)

 

 

そら、すごいよ?これ出来たら。

やけど私、こんな生活到底出来ひんし、そもそもやりたいと思ってないやん!!!!

 

外食もしたいし、ゴロゴロ昼寝したいし。子どもにiPad預けて横で映画観てたい。散らかった部屋は嫌いやけど、毎日そんな丁寧に掃除せんでもええねん。

外遊びは私の気分次第でよろしく。

 

やからさ、私よ、よく聞きなさい。

そもそもやりたいと思ってないこと、頑張りたいと思ってることでもないものをゴールにして、自分は「頑張ってる」なんて言えない。。。って言うてるんやで。

論理が破綻してるの、気がつかへん?

 

いつか目や耳にした、世間や誰かの正義に振り回されて、やりたい事でもない事に自分が振り回されてるんやで。

 

 

自分の求めてるわけでもない、得体の知れない「完璧」ってやつじゃないと、自分にオッケーを出せないのなら、

私は一生私にオッケーを出せないことになってしまうじゃないかっっっっっ!!

 

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しかしながら。

私はこんなにも私にオッケー出してないってのに、
夫は、子供達は、とてつもない大きいオッケーを私に出してくれてる。

 

夫は私に「完璧」であることを求めていないどころか、何かをすること、できることを私に全くと言っていいほど求めていない。(やりたいと思ってることは応援してくれる)

 

ゴロゴロしてても、自分の事ばっかりしてても、自分の服ばっかり買ってても、自分のテレビばっかり観てても、明らかに子供の世話を押しつけてても。

 

なんでもいいよ、やっちゃんが嬉しいならそれでいいよ、居てくれるだけで嬉しいよ、僕ができることでやっちゃんが喜んでくれるなら幸せなんだよと伝えてくれる。(結局、のろけているのか〜)

 

何というか、いわゆる私が親にずっと欲しいと思ってた「無条件の愛」ってやつをくれてるわけですよね。


しかしいざ与えてもらったとなったら。
私なんて受け取る資格あらへんと卑屈になって、こんな私がって罪悪感にかられて、終いには攻撃的になって破壊したくなる。

 

あーぁ、こじらせまくってる〜。

 

この、私の中にずっとある「資格」のあるなしってなんなんやろか。
これがめっちゃ私を私で居られなくしてくるねんなぁ。

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んなわけで(どんなわけ?)

 

普通の日常に生きてる私に私が大きなオッケーを出せるようになれば、
私はどうしたって生きていけるようになるよな、それって地味やけどって凄くないか。

 

毎日なんやかんや言うても自分以外の人間の世話に追われて、自分のこと後回しにして。もっと優しい言葉かけができたんじゃないか?上手に遊べるようになれればいいのにな。丁寧なご飯で家族の身体を守りたいんやけど手抜きしてもたな。外で頑張る夫をもっと支えられるようにありたい。

そんな。もっとこうあれば良かったのかも知れないって気持ちはあるけれども。

 

だけど、私は充分に頑張ってるよ。
それでも何でも今日1日フルに生きた自分に大きなオッケーを出して、今日は寝ようと思います。

 

大丈夫、大丈夫。

  

しかし、そもそもさ、なんで知らない間に我慢がチリのように積もってしまってるのか。そもそも私がしてる我慢って何なのか?に関する考察は続きます。(多分)

  

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宮古島のサトウキビ畑。

 

 

※結局のろけかよ!的な感じやん。

私って何をそんなに我慢してるのか - 肝っ玉オカン道

でも書いたけど、「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くで見ると喜劇だ」byチャップリン

状態やない、私?

同じところぐるぐるしとるな。

 

 

肝っ玉オカン道は続く。

超絶頑張ってる私に①

ものすごい閉塞感にさいなまれておりました。(いや、まだ進行形か) 

ブログに書きたいけど、もうちょいスッキリしてからに。いつかに。と思ってたんですが。

 

ここ1週間位、コボちゃん(下の子)がグズって仕方ない。体調が悪い訳でもない。

普段それはそれはとてつもなく機嫌&切り替えのイイ彼が、私にくっついて離れなくて泣きじゃくるのはナンカおかしいよなぁ。

2才のややこしさと言えばそれまでやけど、なんとなく、あーこれは私に何かしらのお達しなのではないか、、、と思ったわけです。

だから、とりあえず書くことにしました。

 

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こないだね。

「お願いやから、このクソ退屈な日常から誰か救って。お願い!」
っていうドロドロとした叫びが、肚から湧いて出てきて、本当に本当に焦りました。

 

もぅやめてよ!それは、無いことにしてたんやんか!

って、それからしばらく落ち込んでました。

 

その間、「ダンケルク」「アルゴ」「インターステラー

観る映画、観る映画、人を救う話を描いていて、私どんだけ救われたいんだか。。。と思ってまたちょっと凹みました。

(どの映画も秀作やけど、特にアルゴ!なんで今まで観てなかったのだー?と後悔したわ。めっちゃ良かった)

 

鬱屈とした気持ちをズルズル引きずっていて。

なんとなく引きこもって家で映画ばっかり観る日々でした。(他にもいろいろ観てたけど記憶なし)

 

なんか思うことあるかなと待ってたけど、特になく。

 

今朝もいつもの朝を迎えました。

(なんのナレーションや!)

 

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今朝ふと、あぁ、ひっどい虐待しちゃう気持ち分かるなぁって思いました。

それと同時に、私、充分に頑張ってるんやなぁと思いました。

 

 

グズグズ抱っこをせがむ下の子。

幼稚園の用意をなかなかしない上の子。

口が達者で理解力はまだまだな上の子とのめんどくさいやりとり。迫る幼稚園の時間。

スッピン&部屋着のまま自分の用意をする間のない私。

いよいよ自分の用意に取り掛かるタイミングでウ○チする下の子。

眉毛書くという非常に神経使う作業をしてる身体を揺らす泣いてる下の子。

まだ着替えもしてない上の子。

その上今日返さないといけない絵本を出してきて読んでとせがむ上の子。

出かける段で、うっかり靴を履かせようとしてしまい、自分で履く!とわめきだす下の子。

エレベーター乗った後にハンカチを忘れたことを思い出して、もう今日はええんちゃう?という言葉に逆上する上の子。エレベーターでまた上がる我々。

なかなか自転車乗らず、幼稚園行きたくないの〜と言い出す上の子。

相変わらず抱っこして〜と泣きじゃくる下の子。

 そんな毎朝。

 

やっと自転車に乗ってゴールが見えた時ふと。

 

あぁ、ひっどい虐待しちゃう気持ち分かるなぁって 思ったんですよね。

 

なんと言うか、書き出したらとってもくだらないことばかりで。子供やしそんなもんと言えばそうなんやけど。

 

それが毎朝毎日、いろんな細かい事が積み重なってて、自分で思っているよりずーーーっとずーーーっと背負ってしまってる時がある。

毎日にゴールがなくて永遠にも思えて耐えきれなくなる。

 

そんな自覚のない我慢が溜まってて、なんてことないつまらない事で自分が暴発してしまう。

そんな危うい自分をいつも見張ってる感覚がある。

 

 

んで思った。

なーんかさ、私、めーーーっちゃ頑張ってない?!

それでよくないかな?

 

 

夫がめちゃくちゃ優しくてハイスペックで、洗い物も洗濯も朝一番に起きてご飯炊いててくれたりもして、仕事切り上げてなるべく早く帰ってきて子供達のお風呂入れて寝かしつけも一緒にしてくれて。

休みの日はフルで預けてても文句1つなくて、好きなもの買っていいよーと言ってくれて、その分稼いで来てくれて。

申し分ない環境に住まわせてもらって、私が映画行く時間、鍼に行く時間を作るために仕事の調整もしてくれて。

その上、可愛い可愛い言うてくれて♡

 

 

そんな、恵まれまくってる状況だから、専業主婦なのに大して家事もしてないし、子供の世話はしてるけど一緒に遊ぶのとか出来てないし。仕事してるわけでもないし。

 

ホンマはやるべき(と思ってる)主婦・お母さんの仕事を半人前以下しか出来てない私がよ?

そんな私が頑張ってるなんて言うたらバチ当たるんちゃうかって。

 

 

その上、子供の世話と相手してるだけの日々がクソ退屈で頭おかしくなりそう、なんて。。。

この可愛い可愛い宝物達を否定してしまうようで、怖くて怖くて。

この子達のおかげで、私は人間で在れてるようなものなのに。

 

そう思って、自分の気持ちをなき事にしてたけど。

 

 

でもさぁ、この私が。

 

頼れる親族の居ない土地で(まぁ近くに実母が居たとしてもどこまで頼るのかは不明やけどな)、

それでも夫に何度も何度も向き合ってお互い嫌な思いしながらも協力協働できる関係を作ってきてること。

まだ小さい子供を2人を無事生かしてること。

いや、いい子に育ってくれてるよ。

とにかく、私が妻もお母さんもやってるってことだけで、実はめーーっちゃすごいんやないか。

 

自分史上最高の偉業を、只今、成してるんやないか。

 

て思ってさ。

 

もうさ、私充分に充分過ぎる以上に頑張ってること、認めていいよ。

 

私、よくやってる!

ビバだよ、私。

すーんばらしぃよ、私。(カホコね)

 

そんな想いに胸がいっぱいになりました。

 

そして、もうちょい他人に頼れるようになりたい、もっと甘えながら子育てしたいって思いました。

 

 

それと同時に、

ホンマは外に出て他人に会って刺激的な時間も過ごしたいし、仕事して他人に価値を提供できる喜びも味わいたい、

なんて大それたこと。私なんて。

 

って思ってなき事にしてた、

ずーーーっとずーーーっと引っかかってる、「専業主婦コンプレックス」ってやつを認めてやる事にしました。

 

いんや、専業主婦って価値あるし!とか強がるのやめよ。

私、専業主婦で居ることに無価値観くっつけてて、すんごい拗らせてます。

(まだまだ拗れっぱなし)

 

「いつか」「いつか」って思いながらいろんな起業してる人のブログ見たり。自由に(みえる)人のこと嫉妬したり。そんなことしてる私。

 

あーぁ、ここにとんでもない「どうせな私」が居るなぁという自覚だけで、今日は失礼しまーす。

 

お目直しに、宮古島の写真貼っとこ!

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新城海岸♡ 

 

 

肝っ玉オカン道は続く。 

脳を疑え

こんにちは〜。

急にめちゃくちゃ寒いやん!こんなにいきなり夏が終わるのやめて〜!
夏大好き人間としては、「悲しくてやりきれない」

  

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地元の人しか来ない海を教えてもらって行きましたらば、誰も居なくてプライベートビーチでしたよ。

 

宮古島の海にたゆたふ中で気がついてんけど。

風が強い時って、波の進行方向に向かって自力で泳いだとしても、

ただぷかぷか浮いてるのと進む速度、変わらんのなー!

 

なら、力抜いて浮いときゃええのな。

 

ちょうどその時ウダウダ考えてることがあってんけど、「無理に解を求めるな!」と言われている気がしましたわ。

ほっときゃそのうち分かるわぃ。

 

〈名言〉
大人になるということは、あいまいさを受け入れる能力をもつということ 

ジークムント・フロイト 

(今までこんなコーナーなかったやん!)

 

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さて、太ってる私の続編です。続編あったとはね。

女性としての命を生きているのに 美しくないわけがない んやわ。 - 肝っ玉オカン道

 

 

あのさ、あのさ。あのさ。

 

 

私。太ってないかも。

 

 「ふつう」

 

やったんかも。

それでいいんかも。

 

ドキドキ。

 

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こないだ、お世話になってる心理学の先生とこで一緒に学ぶ方々と話す機会がありまして。

 

そん時に分かったのが、

私のバロメーターに「ふつう」がナイってことで。

 

太ってるか、痩せてるか。

んで、私が私を測るバロメーターってこんな感じ↓ 

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はい。めっちゃ偏ってるやん!

しかもこの痩せているとか、長谷川潤くらいにならなあかんねんで!(はせじゅんスキ♡)

 

そして多分だけど、

私がもし、はせじゅんくらいになったとしても、多分私を「痩せてる」カテゴリーに入れることは無かったのではないか。

 

要は私、自分を太ってることにしときたかったのよねー。潜在的にそれを望んでたのよな。

 

しかし、そもそも太ってることをなんでそこまで悪いことに仕立てたのかなぁ。

それは不明。

 

というわけで、 私、ふつうで。

(ナンノコッチャ)

 

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こんなくらいやったら生きやすくない?

 

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こないだ、どうあっても私は美しいんだと。

その覚悟で生きていくんだと宣言しましたけどね。

女性としての命を生きているのに 美しくないわけがない んやわ。 - 肝っ玉オカン道

 

まぁ長年染み付いた癖は、そんなにすぐは消えませんよねぇ。

 

ビルに写る私、消えたテレビに写る私、写真に写る私。

この、「写る私」を見た時に、相変わらずデブで居た堪れない感じを引きずっておりました。

 

それを心理学の先生に話したらば、なんと。

写る私は、脳が楽チン処理してる映像を見てるんやと!!

 

 

というのは、私たちは普段、目で見たものを脳が処理して、認知してる訳で。

 

私は、今までずっと、「太ってる私」を見てきてたやん?ある意味望んでた姿を。

だから、脳は私を認知する時に、「太ってる私」として処理する回路がスムーズなわけですよ(繰り返し同じ処理をしてきたから)。

 

だから「ただそのまま見る」っていう、その回路はまだまだ未開拓なんですよね。 

 

つまり私は、私という実態をそのまま認知していなくて、あくまで「太ってる私」という望む私を見てただけという可能性が高いとのこと。(あれ?説明回りくどい?)

 

 

そうなるとこれからは、

何かに写る私を見た時に、毎度お馴染み居た堪れない感じがしたら、

私はやっぱり。。。と目を逸らすのではなくて。

まず、目と脳を疑ってみる。

 

んで、もう一度戻って、写る私をしーーーーっかり直視、し直す。

 

そして、私ってこれだよ、これだよ。ね、分かる?

 

と、脳に、ただ目に写る物を見るという回路を強化させてやるのが、いいみたいなんですよね。

 

これってほら、おばあちゃんとかがいつまで経っても「やっちゃん大きくなったねぇ〜」って言ってくるやつ。

いやいや、いつのやっちゃんから更新されて無いねん!!ってやつ。

 

それと同じなわけですよ。

 

いやはや、毎日毎日見てるはずやのにねぇ。いかに「見てない」か。

人間って面白いねー。

 

 

というわけで、地味にもう一度直視し直すってやつ、始めました。

 

そしたら自分の身体のシルエットで、なぜ太ってるように見えるのかとか、ちょっと特徴が見えるようになってきて。

 

パーツではこうしたいなーとかありますよ。二の腕とか太ももとか、もっとスッキリしたいし。お尻プリッとあげたいし。あと、お胸様に重鎮感あるから、全体的にボリュームあって見えるな。
つか、そもそも身長171センチもあるしさ。女性の界隈ではかなり大きいよねぇ。

でもま、「グラマラス」とかいう言い方もあるんではないか!!

 

 

そんな訳で、ある程度服のシルエットに依存できる点もありそうですわ。

その辺、その道のプロに聞いてみたいわー!

骨格診断とか、買い物同行とか一回受けてみよかな。

 

ええ人おんで!とか、こんなん受けてみたら?とか、情報ある人おったらください。

そんな感じです。るるるんっ♡

 

 

肝っ玉オカン道は続く

揺らいで揺らいで生きていく

こんにちは。

 

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海の神様ポセイドン の図。

 

今回の宮古島旅では、東京から移住したご夫婦がやってるペンションに泊まったんですよ。

 

小腹空かせた子供におにぎり食べさせるとか、そういうちょっと調理が出来る設備があると、断然豊かな旅になるわ〜。

 

その上、あちらの食材であちらの料理を作って食べる楽しさが盛りだくさんでした。

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(なぜかモノクロ)

ミニキッチンやけど、調理機材・器具一式揃ってるから便利でしたわ。

 

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地元のスーパーでパパイヤが買えたので、パパイヤちゃんぷるー作ってんけど、私の「炒めもの史上、一位の出来でした!(炒めものって意外と奥深いやん?)

ちゃんぷるーの神様が味方してくれたわ〜♡ 

 

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先日、とある出来事があり。

胸が小さくなったり、胸が暴れたりしてました。

平たく言うと、人を傷つけてしまった。そして私も傷ついた。

って話です。

 

まだまだ生傷だけど、あとは時間ぐすりという所までは来たので、書いてみます。

 

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ウルフルズの「暴れだす」好きなんですよね。

 ウルフルズ - 暴れだす - YouTube

 

あぁ 神様オレは 何様ですか
どうしていつも まちがえるのか
悩みはたえず オトナになれず
眠れぬ夜を 今夜もまた
あぁ 笑ってごまかす 声もむなしく
飛び出すことも できないままに

あぁ 胸が
暴れだす 暴れだす
誰かそばにいて

 

鼻血出るわ。

私のための歌かいっ!(んなわけない)

 


ヤバイ、ヤバイ。この状況を私が何とかしなくちゃ!とか。
相手の機嫌を、私がどうにかしなきゃ!とかさ。

それ、あくまで幼い頃の私が考えたことやん?

 

ねぇ、お母さん笑って?
私がお母さんを喜ばせるから、だから笑って?
私がここに居るから、だから笑って、ねぇ。ってさ。

幼い頃のやっちゃん。
大事なみんなに笑って欲しかったよね。

いつもニコニコしてたらきっとみんな笑ってくれるって信じて、悲しくても寂しくてもいつもニコニコして。

役に立てたら喜んでくれるって。

 

本当によくやった。それは私がよ〜く分かってるからね。もう大丈夫だよ。

 

 

悲しい時は悲しんで、腹立つ時は怒って、笑いたい時に笑えばいい。

役に立たなくても、ここにただ居てもいい。

 

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いやさ、分かってたんですよねぇ。大人の私は。

「今は触れちゃいけない」って。

その心の声に耳を傾ければ良かったんよねぇ〜。

それを聴いてあげていたら、承認欲求の大暴走も起こらなかったよねぇ。

 

だけどさ、何とかして役に立ちたいっていう根っこの想いはそのまま認めてあげたい。

それがいくら幼い私が身につけた未熟な方法だったとしても、気持ちはあった。

 

とはいえさ。
あくまで「反応」やから。

大人の私は、それに気がついて、それも受け容れて、でも今の私はどうしたいのかを選べるようになりたいなぁ。

 

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こないだ、東洋哲学の勉強会に行ったんやけどさ。

 

ほら「中庸」って言うでしょ?
中庸を目指しましょう!とか。

 

中庸って「無」で、動じない。
ぶれがなくて、凪で、シーンとしてて。とても静かで穏やか。
そんな「静的」なイメージでした。

 

やけど実は中庸って、
「興奮」↑の後の「沈静」↓
このワンセットの事を言うらしい。

つまり、興奮がないと沈静もない。

 

そうならばね、中庸ってめちゃくちゃ「動的」な事なんよね。

何もない事じゃないの。


それを聞いて、生きる希望のようなものが湧いてくる気がしました。

 

さざ波立たせたくなくて動かなければ、中庸で居れるわけやない。

たくさん感じて、心の大波小波を揺らしてこその「中庸」なんよな。

 

だったら、心が揺れるたびに、きっと中庸に向かってる。
混沌の中で揺らいで揺らいで、「生きる私」がはっきりしてくる。

 

だから成長するって、揺らがなくなることじゃないのね。
むしろ、揺らいでいるその感覚の精度を上げていくこと(↑)。
感じたことを認めて受け容れていくこと(↓)
の、地味な繰り返しなんやろう。

 

宇宙の隅々までに「生きる私」を沁み渡らせるように。

 

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改めて心したのは。

 

私が、誰かに何か出来るなんてそんな事はトンデモなくて。
私はいつだって私のことしかどうにかできなくて。

 

私がやるべくは、周りや状況を私がどうにかしなくちゃっていう、

その幼い頃の反応に気がついて、

なだめ受け容れ落ち着かせ、

そして今の私の心の声を聴くこと。

 

 

もしも あの時 もっと心に余裕があればなぁ
今まで こんなに人を悲しませずにすんだなぁ

人のために出来ることはあっても
人のために生きることができない

あぁ 神様オレは これでいいですか

本当に何も わからないままで
オトナになって やることやって
ケガの数だけ 小さくなって

あぁ 胸が
暴れだす 暴れだす
誰かそばにいて

ウルフルズ「暴れだす」)

 


肝っ玉オカン道は続く